米国のエネルギー企業の事業活動で注目される「上流工程(Upstream)」。この概念は、原材料調達から始まるサプライチェーン全体の強靭性を考える上で、日本の製造業にとっても極めて重要な示唆を含んでいます。本記事では、この「上流工程」の管理がなぜ今重要なのかを、製造業の実務的な視点から解説します。
サプライチェーンにおける「上流」とは何か
元記事で触れられている石油・ガス業界では、資源の探査、掘削、生産といった、原材料を市場に供給するまでの初期段階の活動を「上流(Upstream)」と呼びます。これは、製造業におけるサプライチェーンの考え方にも通じるものです。私たちの業界で「上流」とは、一般的に原材料の調達、部品や素材を供給する一次サプライヤー(Tier 1)、さらにはその先にいる二次(Tier 2)、三次(Tier 3)のサプライヤーまで遡る領域を指します。いわば、自社の工場にモノが届くまでの「川上」のプロセス全体と言えるでしょう。
なぜ今、上流工程の管理が重要なのか
近年、地政学的なリスクの高まり、自然災害の頻発、そしてパンデミックのような予測不能な事態によって、グローバルなサプライチェーンは幾度となく寸断されてきました。多くの企業が経験したように、たとえ小さな部品一つであっても、その供給が滞れば最終製品の生産ライン全体が停止に追い込まれる可能性があります。半導体不足による自動車の減産は、その典型的な例です。
問題は、こうした供給停止リスクの根本原因が、直接取引のある一次サプライヤーではなく、我々が直接把握できていない二次、三次サプライヤーにあるケースが少なくないことです。また、品質管理の観点からも上流工程の重要性は増しています。最終製品で発覚した品質不良の原因をたどると、川上の素材メーカーの特定の工程に起因していた、という事例も珍しくありません。自社の管理が及ばない領域で発生する問題が、事業全体を揺るがすリスクとなり得るのです。
日本の製造業における上流管理の実務的課題
日本の製造業は、長年にわたり築き上げてきた系列取引などを通じて、一次サプライヤーとは比較的緊密な関係を構築してきました。しかし、サプライチェーンのグローバル化と複雑化が進んだ現在、その先の二次、三次サプライヤーの実態までを正確に把握できている企業は決して多くありません。いわゆる「サプライチェーンのブラックボックス化」が、多くの現場で課題となっています。
特に、海外のサプライヤーや、そのさらに先に連なる中小規模の事業者まで含めた情報を収集し、一元管理することは容易ではありません。各社のデジタル化の進捗にもばらつきがあり、電話やFAXといった従来の方法でのやり取りが残っている場合、迅速な情報共有は一層困難になります。この「見えない領域」をいかに可視化し、管理していくかが問われています。
上流管理を強化するための方策
サプライチェーンの上流管理を強化するためには、いくつかの実務的なアプローチが考えられます。
まず基本となるのが、サプライチェーン全体の「可視化」です。主要な部品について、一次サプライヤーだけでなく、その先の二次、三次サプライヤーまでを地図上にマッピングし、どこで、何が、誰によって作られているのかを把握する「サプライヤーマップ」の作成が第一歩となります。
次に、可視化された情報をもとにした「リスク評価とBCP(事業継続計画)の策定」です。特定の国や地域、あるいは特定のサプライヤーへの依存度を定量的に評価し、供給途絶リスクが高いと判断される部品については、代替調達先の確保、安全在庫水準の見直し、設計変更の検討といった具体的な対策を講じることが求められます。
そして最も重要なのが、「サプライヤーとの連携強化」です。単なる発注者と受注者という関係を超え、定期的な情報交換や監査、さらには共同での品質改善活動や技術支援などを通じて、強固なパートナーシップを築くことが不可欠です。近年では、SCMツールなどのデジタルプラットフォームを活用し、サプライヤーとリアルタイムで情報を共有する仕組みを構築する企業も増えています。
日本の製造業への示唆
本記事で考察した「上流工程の管理」について、日本の製造業に携わる皆様への示唆を以下にまとめます。
1. サプライチェーン管理の重心は「川上」へ
安定した生産体制を維持するためには、自社工場の効率化だけでなく、その源流である原材料や部品の供給網、すなわち「上流工程」の安定性確保に、より多くの経営資源を投じる必要があります。自社の管理範囲をサプライヤー側にまで広げていくという意識変革が求められます。
2. リスクの可視化が全ての第一歩
まずは、自社のサプライチェーンが実際にどのような構造になっているのかを把握することから始めるべきです。特に、二次、三次サプライヤーを含めた全体のつながりを可視化することで、これまで気づかなかった脆弱性やリスクの所在が明らかになります。これが、具体的な対策を講じるための基礎となります。
3. サプライヤーは「管理」対象から「協創」のパートナーへ
グローバルで複雑なサプライチェーンを自社単独で管理しきることは不可能です。デジタルツールの活用は有効ですが、最終的にはサプライヤーとの日頃からの良好な関係と強固な信頼が、予期せぬ事態における対応力を左右します。上流のパートナー企業と共にサプライチェーン全体の強靭性を高めていくという「協創」の視点が、これからの時代には不可欠と言えるでしょう。


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