米国の公共交通事例に学ぶ、補修部品のデジタル製造とサプライチェーン変革

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老朽化した設備の補修部品が入手できず、生産に支障をきたす。これは多くの製造現場が抱える深刻な課題です。米国の公共交通機関における研究事例は、3Dスキャンやアディティブ・マニュファクチャリングといったデジタル技術を統合し、この課題を解決する具体的な道筋を示しています。

背景:廃番部品が引き起こすサプライチェーンの課題

米国の公共交通機関では、長年にわたり使用されている車両の老朽化が進み、保守・修理に必要な交換部品の調達が大きな課題となっています。多くの部品はすでに廃番となり、元の製造元(OEM)が存在しないケースも少なくありません。これにより、車両のダウンタイムが長期化し、安定した運行を脅かす事態に至っています。これは決して対岸の火事ではなく、長期間稼働する生産設備を多く抱える日本の製造現場においても、同様の問題は顕在化しています。古い設備の保守部品や、過去に製作した金型・治具などの維持管理は、多くの工場にとって頭の痛い問題です。本稿では、この課題に対する解決策として、ラトガース大学高等インフラ・交通センター(CAIT)が主導する「統合デジタルマニュファクチャリング」の研究事例を解説します。

解決策としての「統合デジタルマニュファクチャリング」

この研究が目指すのは、個別のデジタル技術を単独で利用するのではなく、一連のプロセスとして統合したフレームワークを構築することです。具体的には、以下のステップで構成されます。

1. 3Dスキャニングとリバースエンジニアリング:まず、現物の補修部品を3Dスキャナで精密に測定し、デジタルデータ化します。その後、取得した点群データをもとにCADソフトウェアで3Dモデルを再構築(リバースエンジニアリング)します。図面が存在しない部品であっても、このプロセスを経ることで正確なデジタルモデルを作成することが可能です。

2. 材料選定とアディティブ・マニュファクチャリング(AM):次に、再構築した3Dモデルを使い、アディティブ・マニュファクチャリング(AM、いわゆる3Dプリンティング)技術で部品を製造します。ここで重要なのは、部品に求められる強度や耐熱性、耐久性といった要件に基づき、最適な材料(金属、樹脂など)と製造方式を選定することです。単に形状を再現するだけでなく、機能面での要求を満たすことが実用化の鍵となります。

3. 品質保証とテスト:製造された部品は、寸法精度や機械的特性などが元の部品の仕様を満たしているか、厳密なテストによって検証されます。この品質保証プロセスこそが、代替部品の信頼性を担保する上で最も重要な工程と言えるでしょう。

デジタル部品カタログという新たな資産

このフレームワークのもう一つの重要な要素は、「デジタル部品カタログ」の構築です。一度作成した部品のCADデータ、材料情報、製造パラメータ、品質テスト結果などを一元的にデータベース化し、管理します。これにより、同じ部品が再度必要になった際に、迅速かつ再現性高く製造することが可能になります。物理的な在庫を抱える代わりに、デジタルデータとして部品を保管する「デジタルインベントリ」という考え方は、在庫管理コストの削減やサプライチェーンのあり方を大きく変える可能性を秘めています。必要な時に、必要な場所で、必要な数だけ部品を製造するオンデマンド生産体制の基盤となるものです。

日本の製造業への示唆

この米国の研究事例は、日本の製造業にとっても多くの実務的な示唆を与えてくれます。

1. 保守・保全部門の高度化:生産設備の安定稼働は、製造業の生命線です。調達困難な保守部品を自社で製造できる体制は、設備の寿命を延ばし、突発的な生産停止リスクを低減します。アナログな現物管理から、デジタルデータを活用した計画的かつ迅速な保全への転換が期待されます。

2. サプライチェーンの強靭化(レジリエンス):自然災害や地政学的リスクなど、サプライチェーンの寸断は常に起こり得ます。重要な補修部品を外部からの調達に完全に依存するのではなく、内製化できる能力を持つことは、事業継続計画(BCP)の観点からも極めて重要です。

3. 技術・ノウハウの蓄積:このアプローチを実用化するには、リバースエンジニアリングの技術、材料科学の知見、そしてAM特有の製造ノウハウと品質保証体制が不可欠です。一朝一夕に構築できるものではありません。まずは調達に困っている特定の治具や、比較的負荷の低い部品から試験的に着手し、スモールスタートで知見を蓄積していくことが現実的な第一歩となるでしょう。

4. 新たな事業機会の創出:蓄積した技術は、自社の保守に留まらず、他社の古い製品や設備の補修部品を製造・提供する新たなサービス事業へと展開できる可能性も考えられます。これは、長年にわたる日本のものづくりの経験とデジタル技術を融合させた、付加価値の高いビジネスモデルになり得ます。

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