エンターテインメントの舞台裏を支える「プロダクションマネージャー」。一見、製造業とは異なる世界の職種ですが、その役割には工場の生産管理やプロジェクト運営に通じる多くの示唆が含まれています。海外の求人情報から、その仕事の本質を探ります。
舞台芸術における「プロダクションマネージャー」とは
先日、海外の演劇情報サイトに掲載されていた「リード・プロダクション・マネージャー」の求人情報が目に留まりました。プロダクションマネージャーとは、演劇やコンサートといった舞台公演において、技術、予算、スケジュール、人員など、制作に関するあらゆる実務を統括する責任者のことです。デザイナーや演出家が描く創造的なビジョンを、限られたリソースの中で、安全かつ確実に物理的な形へと落とし込んでいく役割を担います。これは、設計部門が作成した図面を元に、決められた納期・コスト・品質で製品を具現化する、製造業の工場長や生産管理責任者の役割と極めて近いと言えるでしょう。
「巡業公演」から学ぶ、多拠点オペレーションの要諦
特に興味深いのは、この求人情報で「巡業公演(touring production)における3~5年の実務経験」が求められている点です。巡業公演では、毎回異なる劇場、異なる環境、時には異なる国で、同じ品質の舞台を再現しなくてはなりません。機材の輸送計画、現地の設営スタッフとの連携、各地の法規制への対応、そして短期間での設営と撤収。これらは、海外に新しい工場を立ち上げる際の課題や、国内の複数拠点で同一品質の製品を生産する際のマネジメントと通じるものがあります。場所が変わっても品質をぶれさせないための標準化と、現地の状況に合わせた柔軟な対応力。その両方が高いレベルで求められるのです。
多様な専門技術を束ねる統率力
また、募集要件には「大道具(carpentry)、吊り物機構(rigging)、自動化装置(automation)といった技術分野への深い理解」が挙げられていました。プロダクションマネージャーは、自身がすべての技術の専門家である必要はありません。しかし、各分野のプロフェッショナルと的確に意思疎通を図り、技術的な課題を理解し、公演全体として最適な判断を下す能力が不可欠です。これは、製造現場において、機械加工、プレス、溶接、塗装、組立、電気制御といった多様な専門技能を持つ技術者や技能者をまとめ、一つの製品を作り上げる工場管理者の姿と重なります。各工程の専門性を尊重しつつも、部門間の壁を越えて協力体制を築き、全体の流れを最適化する力が問われるのです。
「本番一発勝負」が求める品質と安全への意識
舞台公演は、観客を前にした「一発勝負」であり、やり直しはききません。開演時間という絶対的な納期があり、公演中のトラブルは許されません。また、吊り物機構の不具合などが人命に直結するため、安全管理には細心の注意が払われます。この「ライブである」という緊張感と、安全に対する厳しい要求は、製造業における品質管理と労働安全の思想そのものです。一つの不具合が市場で大きな問題に発展するリスクや、現場での一瞬の気の緩みが重大事故につながる危険性は、どちらの業界にも共通しています。日々の業務の中に、常に「本番」の意識を持つことの重要性を再認識させられます。
日本の製造業への示唆
この舞台芸術のプロダクションマネージャーという仕事は、日本の製造業にいくつかの重要な示唆を与えてくれます。
1. 全体を俯瞰できる管理者の育成
自身の専門分野だけでなく、製品が完成するまでの一連のプロセスを理解し、部門を横断して課題解決を主導できる人材の育成が、これまで以上に重要になります。技術が複雑化する現代において、こうした全体最適の視点を持つ管理者の存在は、企業の競争力を大きく左右するでしょう。
2. 「段取り力」の再評価
巡業公演の設営・撤収のように、非定常業務の計画性と実行力を高めることは、製造現場の効率化に直結します。特に、多品種少量生産における生産ラインの切り替えや、設備のメンテナンスといった「段取り」の精度と速度を向上させることは、生産性向上の鍵となります。
3. 異業種のベストプラクティスに学ぶ姿勢
一見すると無関係に見える業界にも、自社の課題解決のヒントは隠されています。エンターテインメント業界のプロジェクトマネジメント、建設業界の安全管理、物流業界のサプライチェーン最適化など、自社の常識にとらわれず、広く知見を求める姿勢が新たな発想を生み出します。
4. 安全と品質への原点回帰
舞台芸術の世界における「安全がすべてに優先する」「本番は一度きり」という文化は、私たち製造業に携わる者にとっても、決して忘れてはならない基本です。日々の業務の先にいるお客様、そして共に働く仲間の安全を常に意識し、品質への妥協なき追求を続けることの重要性を、改めて心に刻むべきでしょう。


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