パキスタンで、同国南部をベトナムやマレーシアのような製造業のグローバル・バリューチェーン(GVC)のハブに育成する戦略が議論されています。この動きは、世界のサプライチェーンにおける新たな潮流を示唆しており、日本の製造業にとっても無視できない意味合いを持っています。
パキスタンが目指す「製造業GVCハブ」化
パキスタンの英字新聞「DAWN」の報道によると、同国では南部地域を製造業の一大拠点、特にグローバル・バリューチェーン(GVC)のハブとして発展させる戦略が検討されています。具体的には、ベトナムやマレーシアといった成功事例をモデルに、「南部優先」かつ「輸出志向」の産業戦略を推進することが、経済的に効率的な道筋であると論じられています。これまで日本の製造業にとって、パキスタンは生産拠点として主要な選択肢ではありませんでしたが、中東、中央アジア、南アジアの結節点という地政学的な重要性を鑑みると、その潜在性には注目すべきものがあります。
成功モデルとしてのベトナム・マレーシア
記事がベトナムやマレーシアをベンチマークとしている点は興味深いところです。これらの国々は、外資を積極的に誘致し、工業団地や輸出加工区といったインフラを整備することで、グローバル企業の生産網に組み込まれ、目覚ましい経済成長を遂げました。日本の製造業も、多くの企業が両国に生産拠点を設け、そのサプライチェーンの一翼を担ってきました。パキスタンが同様の発展モデルを志向するということは、将来的に新たな投資先や調達先としての可能性を秘めていることを示唆します。しかしながら、その実現には、政治的安定性、電力や物流といったインフラの質、そして労働力のスキルレベルなど、乗り越えるべき課題が少なくないことも冷静に認識しておく必要があります。
サプライチェーン多角化の文脈で捉える
このパキスタンの動きは、近年の大きな潮流である「サプライチェーンの多角化」という文脈で捉えることができます。米中間の対立やパンデミックを経験し、特定の国、特に中国への過度な生産依存のリスクが浮き彫りになりました。多くのグローバル企業が「チャイナ・プラスワン」を掲げ、生産拠点の地理的な分散を急いでいます。その受け皿としてベトナム、インド、メキシコなどが注目を集める中、パキスタンもまた、新たな選択肢として名乗りを上げようとしている、と見ることができます。工場運営やサプライチェーン管理の観点からは、こうした新たな候補地の動向を常に把握し、自社のリスク分散戦略を継続的に見直していくことが求められます。
日本の製造業への示唆
今回の報道から、日本の製造業の実務担当者として、以下の点を改めて認識することができます。
1. サプライチェーンの再構築は継続的な経営課題であること:
地政学的リスクや経済安全保障の観点から、生産・調達網の多角化は一過性の取り組みではなく、常に最適化を図るべき継続的な経営課題です。自社のサプライチェーンにおける脆弱性を定期的に評価し、代替案を検討する体制を整えておくことが不可欠です。
2. 新興国の産業政策を注視する必要性:
パキスタンのような国々が打ち出す産業政策や外資誘致策は、中長期的に見て、新たな事業機会を生み出す可能性があります。すぐさま自社の戦略に反映させることはなくとも、競合他社の動向なども含め、情報収集を怠らない姿勢が重要です。特に、その国がどのような産業(例:電子部品組立、繊維、自動車部品など)を重点分野と位置付けているかは、自社の事業との関連性を測る上で重要な判断材料となります。
3. 机上調査と現地現物のバランス:
新たな生産拠点の検討においては、各種レポートや報道による机上での調査はもちろん重要ですが、最終的な判断は「現地現物」で下すべきです。インフラの整備状況、法制度の運用実態、労働者の気質やスキルセット、そして現地での部材調達の可能性など、現場でなければ分からない要素は数多く存在します。可能性を評価する際には、慎重かつ多角的な視点でのフィジビリティスタディが求められます。


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