米国のデジタル歯科技工サービス企業が、「生産管理(Production Management)」の役職でソフトウェアエンジニアを募集しています。この一見変わった求人は、製造業における生産管理の役割が、ソフトウェア開発と不可分になりつつある未来を示唆しているのかもしれません。
デジタル技術で製造プロセスを構築する企業
今回注目したのは、米国で歯科向けの補綴物(クラウンやブリッジなど)を製造・提供するDandy社が出した「生産管理担当シニアソフトウェアエンジニア」という求人情報です。同社は、歯科医院から得た口腔内の3Dスキャンデータをもとに、CAD/CAMや3Dプリンティングといったデジタル技術を駆使して、個別の患者に合わせた製品を製造しています。いわゆるマス・カスタマイゼーションをデジタル技術で実現している、新しいものづくりの形です。
このような企業では、受注から設計、製造、出荷に至るまでの全工程が、データによって一気通貫で管理されています。物理的な製品を作る工場でありながら、その心臓部は高度なソフトウェアによって制御されている、いわば「ソフトウェア・デファインド・ファクトリー(Software-Defined Factory)」とも言えるでしょう。
ソフトウェアエンジニアが担う「生産管理」の役割
この求人における「Production Management」は、日本の製造業で一般的にイメージされる生産管理とは少し意味合いが異なります。伝統的な生産管理が、生産計画の立案、工程の進捗管理、資材や在庫の管理、現場の調整といった業務を指すのに対し、ここでの役割は、製造プロセス全体を管理・自動化・最適化するソフトウェアシステムそのものを開発・改善することにあると推察されます。
具体的には、以下のような業務が想定されます。
- 顧客からのデジタルデータの受注・処理ワークフローの自動化
- CADデータから製造装置(3Dプリンターや加工機)への製造指示を生成するシステムの開発
- 各工程の進捗状況をリアルタイムに追跡・可視化するダッシュボードの構築
- 製造実績データや品質検査データを分析し、歩留まり向上やリードタイム短縮に繋げるアルゴリズムの開発
つまり、生産管理という「機能」を、ソフトウェアエンジニアがコードを書いて実装しているのです。生産現場の課題解決が、ソフトウェアの機能改善や新規開発と直結しており、従来の生産管理担当者が行っていた「カイゼン活動」が、アジャイルなソフトウェア開発の手法で行われていると考えることもできます。
日本の製造現場との比較と考察
日本の製造業において、生産管理部門と情報システム部門は、多くの場合、別々の組織として存在しています。生産管理担当者は、現場の知見は豊富ですが、必ずしもプログラミングの専門家ではありません。そのため、システムの改修には情報システム部門との調整や外部ベンダーへの依頼が必要となり、迅速な対応が難しいケースも少なくありません。
一方で、Dandy社の事例は、生産管理という業務ドメインそのものがテクノロジー部門の責務となっていることを示唆しています。これは、製造プロセスと情報システムが完全に一体化していることの表れです。こうした体制は、変化への迅速な対応や、データに基づいた継続的なプロセス改善において大きな強みとなります。
もちろん、これは比較的新しい業態で、レガシーなシステムを持たない新興企業だからこそ実現できている側面もあります。しかし、製造業のデジタルトランスフォーメーション(DX)が進む中で、こうした動きは無視できない潮流と言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
この事例から、日本の製造業が学ぶべき点は少なくありません。
1. DXの本質は「業務のソフトウェア化」
製造業のDXは、単にデジタルツールを導入することだけではありません。生産管理のような中核業務そのものを、ソフトウェアとして捉え直し、継続的に開発・改善していくという視点が重要です。これにより、属人化の解消、プロセスの標準化、そしてデータ駆動型の意思決定が可能になります。
2. 求められる人材像の変化
今後、生産技術者や生産管理担当者にも、データ分析やシステムに対する基本的な理解が求められるようになるでしょう。逆に、ソフトウェアエンジニアには、製造現場のドメイン知識を深く学ぶ姿勢が不可欠です。両者の専門知識を融合させ、協働できる人材やチームの育成が、企業の競争力を左右します。
3. 組織の壁を越えた連携
製造現場を担う部門と、IT・ソフトウェアを担う部門との間の壁を取り払い、より密接に連携する組織体制の構築が求められます。生産現場の課題を、ソフトウェアの力で迅速に解決するサイクルをいかに早く回せるかが、今後の鍵となるでしょう。
すべての製造業が直ちにこのモデルを導入することは困難かもしれませんが、自社の生産プロセスの中に、ソフトウェア技術を適用して効率化・高度化できる部分がないかを見直す良いきっかけとなるはずです。小さな成功事例を積み重ねていくことが、大きな変革への第一歩となります。


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