全米製造業者協会(NAM)のトップが語る、米国製造業が直面する三つの大きな潮流。トランプ前大統領の関税政策、予測が難しい政策変更、そしてAIの導入という変化の波は、日本の製造業にとっても無関係ではありません。本記事では、米国の現状を読み解き、我々が進むべき道を考察します。
全米製造業者協会が語る米国製造業の現状
米国の有力な業界団体である全米製造業者協会(NAM)のプレジデント兼CEOであるジェイ・ティモンズ氏は、最近の講演で、現在の米国製造業が直面する重要な変化について見解を述べました。氏が指摘する主な要因は、「トランプ前政権時代の関税政策」「変化の激しい政策動向」、そして「AI技術の浸透」の三つです。これらは、米国内のサプライチェーンや投資、雇用に大きな影響を与えており、グローバルに事業を展開する日本の製造業にとっても重要な論点を含んでいます。
関税政策が促したサプライチェーンの再編
まず、トランプ前政権下で導入された、特に中国を対象とした一連の関税措置が、製造業のサプライチェーンに大きな影響を与えたと指摘されています。関税によるコスト増は、多くの企業にとって調達戦略の見直しを迫る直接的な要因となりました。結果として、生産拠点を米国内や近隣国(メキシコなど)に移管する「リショアリング」や「ニアショアリング」の動きが加速しました。これは、コストだけでなく、地政学的なリスクを低減し、サプライチェーンの強靭性を高めるという経営判断でもあります。日本の製造業においても、米中間の緊張は他人事ではなく、供給網の複線化や国内生産への回帰を検討する重要な契機となったことは記憶に新しいところです。
政策の不確実性と長期的な投資計画への影響
次に、政権交代に伴う政策の変更が、企業の長期的な意思決定に不確実性をもたらしているという点が挙げられます。環境規制、税制、労働政策などは、政権の志向によって大きく方向性が変わる可能性があります。このような予測の難しさは、大規模な設備投資や研究開発といった、長期的な視点が必要な経営判断を躊躇させる要因となり得ます。企業としては、特定の政策に過度に依存するのではなく、様々なシナリオを想定した柔軟な事業計画を立てることが求められます。これは、政治状況が経営に与える影響を常に考慮しなければならない、現代の製造業経営の難しさを示していると言えるでしょう。
生産性向上と雇用の変革をもたらすAI
そして三つ目の大きな潮流が、AI(人工知能)の活用です。AIは、生産ラインの最適化、予知保全によるダウンタイムの削減、品質検査の自動化など、工場のあらゆる場面で生産性を飛躍的に向上させる可能性を秘めています。ティモンズ氏は、この技術革新を積極的に取り入れることが、国際競争力を維持する上で不可欠であると強調しています。一方で、AIの導入は雇用のあり方にも変化を迫ります。単純作業は自動化され、従業員にはAIを管理・活用するための新しいスキルセットが求められるようになります。日本の製造現場においても、人手不足という深刻な課題を解決する切り札としてAIへの期待は大きいですが、同時に、従業員の再教育(リスキリング)や、AIを使いこなせる人材の育成が急務となっています。
日本の製造業への示唆
今回のNAMの見解は、対岸の火事ではなく、日本の製造業が直面する課題と多くの点で共通しています。ここから、我々が実務において留意すべき点を整理します。
1. サプライチェーンの継続的な見直しと強靭化:
地政学リスクはもはや定数と捉えるべきです。特定の国や地域への依存度を評価し、調達先の複線化や国内生産拠点の価値を再検討するなど、有事にも揺るがない強靭なサプライチェーンの構築を継続的に進める必要があります。
2. 内外の政策動向の注視とシナリオプランニング:
米国の大統領選挙の結果をはじめとする各国の政策変更は、為替、関税、規制などを通じて事業に直接的な影響を及ぼします。常に最新の情報を収集し、複数の事業シナリオを準備しておくことで、外部環境の変化に迅速に対応できる体制を整えることが重要です。
3. AI導入の加速と人材育成の両輪:
人手不足と生産性向上の課題を解決するため、AIやデジタル技術の導入は避けて通れません。しかし、単にツールを導入するだけでなく、それを現場で使いこなし、改善に繋げられる人材の育成が成功の鍵を握ります。現場の技術者から経営層まで、全社的なデジタルリテラシーの向上が求められています。


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