先日、海外の高等教育機関で「メディア制作・経営・技術」を横断的に教える教員の公募情報が目に留まりました。一見、製造業とは無関係に見えるこの動きは、実は日本のものづくりの現場や経営が直面する課題と深く通底しています。本稿では、この事例から読み取れる人材育成の要諦について考察します。
異分野における「生産・経営・技術」の統合
今回確認されたのは、米国の大学におけるメディア分野の教員公募です。その職名は「Assistant/Associate Professor of Media Production, Management, and Technology」と記されていました。直訳すれば「メディア制作・経営・技術の助教・准教授」となります。これは、映像やコンテンツの「制作(Production)」、そのプロジェクトや組織の「経営・管理(Management)」、そして最新のデジタル機材や配信手法などの「技術(Technology)」という三つの領域を、一人の教員が統合的に理解し、学生に指導することを期待している表れです。
メディア制作という行為も、見方を変えれば一種の「生産活動」です。定められた予算と納期の中で、一定の品質を持つ成果物を生み出すプロセスは、製造業におけるQCD(品質・コスト・納期)の追求と多くの共通点を持ちます。この分野でさえ、制作スキルだけ、あるいは経営知識だけ、最新技術の知識だけ、といった単一の専門性では不十分であり、これらを俯瞰し、結びつけられる人材が求められているという事実は、非常に示唆に富んでいます。
日本の製造業における現状と課題
この視点を日本の製造業に当てはめてみましょう。私たちの現場では、長らく生産技術、工場管理、品質管理、設備保全、経営企画といった機能が、それぞれの専門性を深く追求する形で発展してきました。こうした専門分化は高い現場力を生み出す原動力であった一方、時として部門間の壁、いわゆる「サイロ化」を生んできたことも事実です。
例えば、生産技術部門は現場の効率化と安定稼働を、経営部門は投資対効果や財務指標を、そして研究開発部門は将来の技術シーズを、それぞれ主眼に置いて活動します。それぞれの立場での最適化が、必ずしも工場や事業全体の最適化に繋がらないケースは、多くの実務者が経験していることではないでしょうか。特に、IoTやAIといったデジタル技術を導入する際には、現場の生産プロセス(Production)への深い理解と、その導入効果を測る経営的視点(Management)、そして技術そのものの可能性と限界を見極める知見(Technology)が不可欠です。この三つの視点が連携して初めて、技術は現場に根付き、成果を生むのです。
部門を越えた人材育成の必要性
メディア業界の事例が示すように、これからの価値創造は、専門領域を越えた知見の融合から生まれます。製造業においても、従来の枠組みを越えて「生産・経営・技術」を立体的に捉えられる人材の育成が急務となっています。
これは、すべての技術者が経営学修士(MBA)を取得すべきだ、という意味ではありません。むしろ、現場のリーダーが自工程の改善活動が工場全体の損益にどう影響するかを意識したり、工場の管理者が新しいデジタル技術の動向に関心を持ち、自工場への適用可能性を考えたり、あるいは経営層が現場の技術的な制約や創意工夫に敬意を払い、対話を持つことが重要です。個々人がそれぞれの持ち場で視野を広げ、共通の言葉で語り合う努力が、組織全体の力を高めることに繋がります。
意図的なジョブローテーションや、部門横断型の改善プロジェクト、あるいは社内外の勉強会などを通じて、従業員が多角的な視点を養う機会を設けることが、将来の競争力を左右する重要な経営課題であると考えられます。
日本の製造業への示唆
今回の異分野の事例から、日本の製造業が学ぶべき要点と実務への示唆を以下に整理します。
要点:
- 専門性の深化と領域横断の両立: ものづくりの現場では、深い専門知識に加え、自らの専門性を経営や新技術といった異なる文脈で捉え直す複眼的な視点が、これまで以上に重要になっています。
- 「三位一体」の課題解決: IoT導入やDX推進といった現代的な経営課題は、「生産」「経営」「技術」のいずれか一つの視点だけでは解決できません。関係者がそれぞれの知見を持ち寄り、統合的にアプローチすることが成功の鍵となります。
- 次世代リーダーの要件: 将来の工場長や事業責任者には、現場の技術的知見、工場の計数管理能力、そして業界を変革しうる技術動向への感度という、三つの要素をバランス良く備えていることが求められます。
実務への示唆:
- 経営層・人事部門: 人材育成計画において、専門性を深めるキャリアパスと同時に、部門を横断して経験を積ませるキャリアパスを意識的に設計することが望まれます。特に、製造と開発、あるいは工場と本社といった垣根を越えた人材交流は、新たな発想を生む土壌となります。
- 工場長・現場リーダー: 日々の業務において、部下に対し「なぜこの作業が必要なのか」「この改善が会社の利益にどう繋がるのか」といった、より上位の視点や背景を伝えることを心がけるべきです。これにより、従業員の当事者意識と視野の拡大を促すことができます。
- 技術者・担当者: 自身の業務を「作業」として捉えるのではなく、常に「事業への貢献」という視点を持つことが重要です。関連部門の動向や新しい技術情報にアンテナを張り、自らの専門性をいかにして会社の価値向上に繋げられるかを考える習慣が、自身の成長にも繋がります。


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