農業分野の研究から学ぶ、環境対策の「トレードオフ」とシステム思考の重要性

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農業分野における気候変動対策が生物多様性に予期せぬ影響を与える可能性を示唆する研究が発表されました。この事例は、製造業における環境経営やサプライチェーン管理においても、部分最適に陥ることなく、多角的な視点で課題を捉える「システム思考」の重要性を改めて教えてくれます。

稲作における温暖化対策の現状と新たな課題

近年、あらゆる産業で気候変動への対策が急務となっています。農業分野も例外ではなく、特に温室効果ガスであるメタンの主要な排出源の一つとして、稲作が注目されています。対策として、水田の水を一時的に抜く「中干し」や、断続的に水を入れる「間欠灌漑」といった水管理技術が、メタン発生を抑制する有効な手段として世界的に推奨・導入が進められています。

しかし、学術誌「Global Change Biology」に掲載された新たな研究は、こうした気候変動の緩和策が、生物多様性という別の重要な環境側面に負の影響を及ぼす可能性があると警鐘を鳴らしています。つまり、メタン削減という単一の目的を追求することが、生態系全体にとっては必ずしも最善ではないかもしれない、というわけです。

メタン削減と生物多様性の「トレードオフ」

研究が指摘するのは、メタン削減に有効な水管理手法が、水田を生息地とする生物、特にトンボやカエルといった水生昆虫や両生類の生態を脅かすという点です。湛水期間が短くなることで、彼らの産卵や生育のサイクルが妨げられる可能性があるのです。これは、一つの環境問題を解決しようとすると、別の環境問題を引き起こしかねない「トレードオフ」の典型的な事例と言えるでしょう。

製造業の現場に置き換えて考えてみると、同様の構造は決して珍しくありません。例えば、CO2排出量削減のために、ある工程のエネルギー効率を極限まで高めた結果、別の工程で水の使用量や化学物質の排出量が増加してしまった、というようなケースです。あるいは、製品の軽量化による輸送エネルギー削減を目指したものの、採用した新素材のリサイクル性が低く、結果的に廃棄物問題に繋がってしまった、ということも考えられます。部分的な改善が、必ずしも全体の最適解とは限らないのです。

製造業に求められる俯瞰的な視点とシステム思考

この稲作の事例は、環境経営を進める上で、単一の指標(KPI)だけを追い求めることの危うさを示唆しています。これからの製造業には、自社の事業活動やサプライチェーン全体を一つのシステムとして捉え、様々な要素の相互作用を理解しようとする「システム思考」が不可欠です。CO2排出量だけでなく、水資源、生物多様性、廃棄物、化学物質管理など、複数の環境側面を同時に評価し、バランスの取れた意思決定を行う必要があります。

特に近年では、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)のように、企業活動が自然資本や生物多様性に与える影響と、それが事業に及ぼすリスク・機会を開示する枠組みも整備されつつあります。サプライチェーンの上流、すなわち原材料の調達段階における環境負荷や生態系への影響についても、無関心ではいられない時代になっています。

日本の製造業への示唆

本研究は、直接的には農業分野のものですが、日本の製造業に携わる我々にとっても多くの実務的な示唆を与えてくれます。

1. 環境経営における多角的視点の徹底
CO2削減や省エネルギーといった特定の目標だけでなく、生物多様性、水リスク、資源循環など、複数の環境側面を評価軸に持つことが重要です。目標設定の段階からトレードオフの可能性を認識し、総合的な影響を評価する仕組みを社内に構築することが求められます。

2. サプライチェーン全体でのリスク把握
自社の工場だけでなく、原材料の調達から製品の使用・廃棄に至るまでのライフサイクル全体で環境影響を評価する視点(LCA: ライフサイクルアセスメント)が、これまで以上に重要になります。特に、サプライチェーンの上流に位置する農林水産業など、第一次産業における環境・社会課題にも目を向ける必要があります。

3. 部分最適を避ける現場改善
生産現場における日々の改善活動においても、この「システム思考」は応用できます。ある工程での改善が、前後の工程や工場全体の効率、あるいは安全や品質といった他の側面に悪影響を及ぼさないか。常に一歩引いて全体を俯瞰する習慣が、持続可能な工場運営の基盤となります。

4. トレードオフを解消する技術開発
環境対策におけるトレードオフの存在は、裏を返せば新たな技術開発の機会でもあります。例えば、今回の事例であれば「メタン排出を抑制しつつ、生物多様性も保全できる新たな水管理技術」が求められます。製造業においても、環境性能と経済性、あるいは異なる環境側面を両立させる革新的な生産技術や製品開発が、新たな競争優位性の源泉となるでしょう。

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