アディティブ・マニュファクチャリングが問う「本当のコスト」- 部品単価主義から、事業継続価値への転換

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米軍の防衛関連記事が、アディティブ・マニュファクチャリング(AM)技術を保有しながらも、旧来のコスト評価が足枷となり、部品供給の迅速化、すなわち「即応性」を高められていないという問題を指摘しています。このジレンマは、保守部品の在庫やサプライチェーンに課題を抱える日本の製造業にとっても、決して他人事ではありません。

米陸軍が直面する「即応性」という名の価値評価の壁

先日公開された米国の防衛関連の論説は、示唆に富む問題を提起しています。米陸軍は、アディティブ・マニュファクチャリング(AM、一般に3Dプリンティングとして知られる技術)を用いれば、必要な補修部品の多くを迅速に製造できる技術力を持っています。しかし、実際にはその活用が進んでいません。その根底には、従来の調達・会計制度が「部品単価」を重視するあまり、「必要な時に装備が確実に稼働できる状態(Readiness)」という戦略的な価値を正しく評価できていない、という構造的な課題がある、と記事は指摘します。

平時に安価な部品を大量に調達・保管する従来の方法は、一見すると経済的に合理的に見えます。しかし、いざ有事や不測の事態が起きた際に部品が手に入らなければ、高価な装備はただの鉄の塊と化してしまいます。AM技術は、この「機会損失」や「稼働停止リスク」を大幅に低減できる可能性を秘めていますが、その価値が伝統的なコスト計算の枠組みでは見過ごされがちなのです。

日本の製造現場にも共通する保守部品のジレンマ

この米陸軍の話は、そのまま日本の製造業が抱える課題に置き換えることができます。特に、工場の設備保全(MRO: Maintenance, Repair, and Operations)の現場では、同様のジレンマが日常的に存在します。

例えば、長年稼働している生産設備の保守部品が、メーカーの生産中止(EOL: End of Life)によって入手困難になるケース。あるいは、万一の故障に備えて膨大な種類のスペアパーツを倉庫に保管し、その在庫コストや管理工数が経営を圧迫しているケース。どちらも、多くの工場が経験していることでしょう。欠品すれば生産ラインが停止し、莫大な損失につながるため、過剰在庫を承知で部品を抱え続けざるを得ない、という状況は珍しくありません。

アディティブ・マニュファクチャリングがもたらす価値の再定義

AMは、こうした課題に対する有力な解決策となり得ます。物理的な「モノ」として在庫を保管するのではなく、部品の3Dデータを「デジタル在庫(デジタル・インベントリ)」として保管し、必要になった時に、必要な数だけをオンデマンドで製造する。この発想の転換が、サプライチェーンのあり方を根本から変える可能性を秘めています。

これにより、直接的な在庫コストや倉庫スペースを削減できるだけでなく、サプライヤーの廃業や自然災害、地政学リスクによる供給途絶といった、予測困難なリスクに対する耐性(レジリエンス)も向上します。金型が不要なため、一個からの生産にも対応しやすく、旧型の入手困難な部品を再現することも可能です。

評価軸の転換:「部品単価」から「事業継続価値」へ

しかし、現場でAMの導入を検討する際に壁となるのが、元記事が指摘する「コスト評価」です。従来の調達基準に則れば、AMで一点ずつ製造した部品の単価は、金型を用いて大量生産された部品に比べて割高になることが少なくありません。この一点だけを見て、「AMはコストが高い」と判断してしまうと、その本質的な価値を見誤ることになります。

ここで求められるのは、評価軸の転換です。注目すべきは、単純な部品単価の比較ではありません。AMを導入することで「回避できるコスト」や「得られる価値」に目を向けるべきです。具体的には、①過剰在庫を持つことによるキャッシュフローの圧迫や管理コスト、②部品の欠品による生産停止がもたらす機会損失、③サプライチェーン途絶という事業継続上のリスク、といった項目です。これらは、TCO(総所有コスト)やBCP(事業継続計画)の観点から評価すべき、極めて重要な経営指標と言えるでしょう。

日本の製造業への示唆

今回の米陸軍の事例は、技術の導入が単なる設備投資の問題ではなく、組織の価値観や評価制度そのものの変革を求めるものであることを示しています。日本の製造業がこの変化に対応していくために、以下の点が重要と考えられます。

1. コスト評価尺度の見直し
部品単価というミクロな視点だけでなく、「工場全体の稼働率維持」や「機会損失の最小化」といったマクロな視点を取り入れた投資評価が必要です。AMは、突発的なライン停止を防ぐための「保険」としての価値を持ち、そのコストは事業継続のための必要経費として捉えるべきです。

2. 「デジタル在庫」という資産管理
物理的な倉庫に眠る部品在庫を、価値を生み出さない「負債」と捉え直す視点も有効です。一方で、いつでも部品を再現できる3Dデータは、事業の継続性を担保する「無形資産」です。この「デジタル在庫」の拡充に、計画的に取り組むことが求められます。

3. スモールスタートによる知見の蓄積
全ての保守部品をAMに置き換えるのは現実的ではありません。まずは、サプライヤーからの入手が困難になった部品や、故障頻度は低いものの欠品時の影響が甚大な「クリティカル・パーツ」など、対象を絞って試行的に導入し、技術的な課題の洗い出しと、費用対効果の評価経験を積むことが肝要です。

4. 部門横断での推進体制
AMの導入は、製造や保全部門だけの課題ではありません。調達部門の評価基準、経理部門の資産管理、そして経営層の事業戦略と密接に関わります。関係部門が一体となり、全社的な視点でその戦略的価値を共有し、導入を推進していく体制構築が不可欠となります。

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