縁の下の力持ちを再評価する ― 日本の製造業の真の強みはどこにあるか

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カナダの経済紙で「木を切り、水を汲む者たち」と表現される天然資源産業の重要性を説く論説が掲載されました。この議論は、日本の製造業が自らの強みの源泉を再認識する上で、重要な示唆を与えてくれます。華やかな最終製品の裏側で、ものづくり全体を支える基礎産業の価値について考察します。

カナダ経済における「木を切り、水を汲む者」の議論

先日、カナダの主要経済紙であるグローブ・アンド・メール紙に「In defence of hewers of wood and drawers of water(木を切り、水を汲む者たちの擁護)」と題した興味深い論説が掲載されました。この言葉は、カナダ人が自国の経済を語る際、天然資源への依存をやや自嘲的に表現するために使われることがある言い回しです。論説の趣旨は、自動車部品や航空宇宙のような付加価値の高い製造業が注目される一方で、林業に代表される天然資源産業もまた、カナダ経済にとって不可欠な存在であり、その貢献を正当に評価すべきだ、というものです。

この記事は、一見すると日本の製造業とは直接関係ないように思えるかもしれません。しかし、自国の産業構造における「主役」と「それを支える存在」の関係性という点で、私たち日本の製造業関係者にとっても、自社の立ち位置やサプライチェーン全体を見つめ直す良いきっかけを与えてくれます。

日本の製造業における「縁の下の力持ち」

このカナダの議論を日本の製造業に置き換えてみましょう。私たちの世界では、自動車、エレクトロニクス、産業機械といった最終製品を組み立てる産業が脚光を浴びがちです。しかし、その土台を支えているのは、鉄鋼、非鉄金属、化学、繊維といった素材産業や、鋳造、鍛造、切削、めっき、熱処理といった部品加工を担う素形材産業です。これらは、まさに日本のものづくりにおける「木を切り、水を汲む者」、すなわち「縁の下の力持ち」と言えるでしょう。

これらの基礎産業は、時に「成熟産業」あるいは「オールドエコノミー」と見なされることもあります。しかし、現場の実務に携わる私たちは、これらの産業が持つ技術的な深さと、その品質が最終製品の性能や信頼性をいかに大きく左右するかを熟知しています。世界最高水準の特殊鋼がなければ高性能なエンジンは作れませんし、精密な金型や成形技術がなければ高品質な樹脂部品は生まれません。日本の製造業の競争力は、この強固な基礎産業の集積の上に成り立っているのです。

サプライチェーンの再評価と技術連携の深化

近年のパンデミックや地政学的な緊張は、グローバルに広がったサプライチェーンの脆弱性を浮き彫りにしました。海外からの部品や材料の供給が滞り、生産計画に大きな影響が出た経験は、多くの工場にとって記憶に新しいはずです。このような状況下で、国内に信頼できるサプライヤー、特にものづくりの根幹をなす素材・素形材メーカーが存在することの重要性が再認識されています。

単にコストだけでサプライヤーを選定する時代は終わりを告げつつあります。品質の安定性、納期の確実性、そして緊急時の対応力はもちろんのこと、新製品開発における技術的なパートナーシップこそが、これからの競争力を左右します。例えば、新しい材料の特性を最大限に引き出す加工条件を、素材メーカーの技術者と自社の生産技術者が膝詰めで議論する。こうした「すり合わせ」のプロセスこそが、日本のものづくりの強みであり、イノベーションの源泉となってきました。川上にいる「縁の下の力持ち」との連携を、今一度、戦略的に見直す時期に来ているのではないでしょうか。

日本の製造業への示唆

今回のカナダの論説から、日本の製造業が汲み取るべき実務的な示唆を以下に整理します。

1. サプライチェーン全体の価値の再認識

自社の製品や技術が、どのような素材や基盤技術に支えられているのかを再評価することが重要です。特に、国内の素材・素形材メーカーは、単なる調達先ではなく、品質とイノベーションを共に創り出す戦略的パートナーと位置づけるべきです。短期的なコスト削減圧力だけでなく、長期的な関係性の中から生まれる価値に着目する必要があります。

2. 「源流」への敬意と技術者間の交流

経営層や工場長は、自社の技術者に対し、川上のサプライヤーが持つ技術への敬意を払い、積極的に学ぶ姿勢を奨励すべきです。サプライヤーの工場見学や技術交流会などを通じて、素材の特性や加工の原理原則への理解を深めることは、現場での品質問題の解決や、より実現性の高い製品設計に直結します。

3. 事業継続計画(BCP)における国内基盤の重視

サプライチェーンの強靭化は、あらゆる製造業にとって喫緊の課題です。海外調達のリスクを再評価し、国内の基礎産業との連携を強化することは、安定生産を維持するための極めて有効な手段となります。これは単なるコスト増ではなく、事業継続性を確保するための重要な投資と捉えるべきでしょう。

華やかな先端技術や最終製品に注目が集まる中でも、その根幹を黙々と支える基礎産業の存在を忘れてはなりません。その技術力と安定供給能力こそが、日本の製造業全体の競争力を規定しているという事実を、私たちは改めて認識する必要があるでしょう。

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