製造業の国内回帰という幻想 – 米国の議論から日本の進むべき道を考える

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米国の政治的な議論を発端に、製造業の雇用や国内回帰に関する論争が度々報じられます。しかし、その主張の多くは、現代の製造業が直面する構造的な変化を見過ごしている可能性があります。本稿では、こうした議論を冷静に分析し、日本の製造業が取るべき現実的な針路を探ります。

米国の政治に見る「製造業」というノスタルジア

海外メディアでは、トランプ前米大統領の「製造業の雇用を国内に取り戻す」という主張が、経済の現実を無視した非合理的なものである、という趣旨の論評が見られます。保護主義的な政策によって失われた雇用を取り戻そうという主張は、一見すると力強く聞こえますが、現代の製造業の実態とは乖離している点が少なくありません。これは、ノスタルジア(郷愁)に基づいた政治的アピールであり、我々製造業の実務者は、その背景にある構造的な変化を冷静に理解する必要があります。

雇用の減少は「自動化」と「生産性向上」が主因

製造業における雇用者数の減少は、貿易や海外移転だけが原因ではありません。むしろ、より大きな要因は、FA(ファクトリーオートメーション)に代表される自動化技術の進展と、それによる生産性の飛躍的な向上にあります。これは日本の製造現場にいる我々が最も実感していることではないでしょうか。かつては人手に頼っていた組立や検査、搬送といった工程は、ロボットやセンサー、AI技術に置き換わりつつあります。結果として、生産量は増大しても、必要とされる労働者の数は減少します。これは産業の高度化に伴う必然的な変化であり、失われた単純労働の雇用を過去の姿のまま取り戻すことは、現実的とは言えません。むしろ、求められるのは、高度な設備を使いこなす技術者や、生産システム全体を管理・改善できる人材といった、より質の高い労働力への転換です。

複雑化するグローバル・サプライチェーンの現実

現代の製品は、世界中の国々から供給される無数の部品や素材から成り立っています。例えば、日本の自動車メーカーや電機メーカーを考えれば明らかですが、そのサプライチェーンは国境を越えて複雑に張り巡らされています。このグローバルな分業体制は、各地域が持つ比較優位(コスト、技術、資源など)を最大限に活用し、高品質かつ競争力のある価格を実現するための最適解です。ここに高い関税を課したり、強制的に国内生産を求めたりする政策は、サプライチェーン全体を混乱させ、結果的に部材コストの高騰や調達の不安定化を招きます。これは、自国企業の国際競争力を削ぐことにも繋がりかねず、極めて慎重な判断が求められる課題です。

付加価値の源泉は「工場」の外へ

もう一つ重要な視点は、現代の製造業における付加価値の源泉が、単なる「モノを作る」という製造工程そのものから、その前後のプロセスへと大きくシフトしていることです。製品の企画、研究開発、設計、ソフトウェア開発、さらには販売後のメンテナンスやデータ活用といったサービス領域こそが、収益と競争力の核となりつつあります。工場は依然として重要ですが、その役割は、設計思想をいかに効率よく、高品質に具現化するかという点に特化していきます。したがって、国内の雇用や産業の強さを考える上では、工場での直接雇用だけでなく、こうした高付加価値な機能(特にR&Dやサービス部門)をいかに国内に維持・発展させていくか、という視点が不可欠になります。

日本の製造業への示唆

米国の政治的な議論は、我々日本の製造業にとっても他人事ではありません。産業の空洞化や国内雇用の維持は、日本が長年向き合ってきた課題でもあります。この議論から、我々は以下の3つの実務的な示唆を得ることができるでしょう。

1. 雇用の「量」から「質」への転換を加速する
過去の労働集約的な雇用形態を目指すのではなく、自動化やDXを前提とした新しい働き方を積極的に構築する必要があります。現場のオペレーターには、単なる作業員としてではなく、データを活用して改善を主導する役割や、高度な生産設備を維持管理する役割が求められます。人材育成への投資は、これまで以上に重要な経営課題となります。

2. サプライチェーンの最適化と強靭化を両立させる
地政学リスクの高まりを受け、サプライチェーンの国内回帰や見直し(強靭化)は重要なテーマです。しかし、それは全ての生産を国内に戻すことと同義ではありません。自社のコアとなる技術や重要部品は国内で生産能力を確保しつつ、汎用的な部品はグローバルな最適地生産を維持するなど、リスクとコストを天秤にかけた戦略的なポートフォリオを組むことが現実解となります。

3. 事業全体の付加価値構造を見直す
自社の強みがどこにあるのかを再定義することが求められます。製造技術そのものに加え、設計開発力、ソフトウェア技術、顧客データに基づいたサービス提供など、モノづくりを軸とした事業全体の収益構造を見直す必要があります。「製造業」から「製造サービス業」への転換(コトづくり)は、今後ますます重要になるでしょう。

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