米国で、キーボード等の清掃に用いられるエアダスターの吸引が原因とされる交通事故を巡る訴訟で、メーカーに約8億円の支払いを命じた一審判決が覆されました。この事例は、製品の「意図せぬ誤用」に対し、メーカーがどこまで責任を負うべきかという、製造業にとって根源的な問いを投げかけています。
事件の概要:エアダスター吸引による事故と高額賠償判決
米国において、キーボードの清掃などに使われる化学製品(エアダスター)の意図的な吸引が関連した交通事故を巡り、製造物責任が問われる裁判がありました。運転者が製品に含まれる化学物質を吸引したことで意識を失い、死亡事故に至ったとして、遺族が製造元を提訴したものです。
原告側は、製品に「設計上の欠陥」および「製造上の欠陥」があったと主張。一審の裁判所はこれを認め、製造元に対して775万ドル(日本円で約8億円以上)という高額な賠償金の支払いを命じました。しかしその後、控訴裁判所はこの判決を破棄するという判断を下しました。この一連の動きは、製品の「予見可能なリスク」とメーカーの責任範囲について、改めて考えるきっかけとなります。
争点となった「設計上の欠陥」と「予見可能な誤用」
製造物責任(PL)において「設計上の欠陥」とは、製品が仕様通りに製造されていたとしても、設計そのものに安全性を欠く点がある状態を指します。この訴訟では、例えば「吸引されにくくするために、意図的に苦味剤を添加するなどの代替設計が可能だったのではないか」といった点が争点になったと考えられます。
一方で、メーカーが責任を負うのは、製品の通常の使用方法、あるいは「合理的に予見可能な誤用」によって生じた損害に対してです。今回のケースでは、製品の主たる目的は清掃であり、吸引はメーカーが意図しない、かつ警告表示でも禁じられているであろう「意図的な誤用」に当たります。控訴審の判断は、このような予見可能性の範囲を超えた誤用に対してまで、メーカーに設計上の対策義務を課すのは妥当ではない、という考え方が根底にあるものと推察されます。
日本の製造現場においても、製品開発の初期段階で行うFMEA(故障モード影響解析)などで、起こりうる故障だけでなく、ユーザーによる誤使用のリスクを洗い出す取り組みは不可欠です。しかし、その「予見可能性」をどこまでの範囲と定義するかは、常に難しい課題として存在します。
取扱説明書や警告表示の重要性
設計上の対策が困難、あるいは製品の効用を著しく損なう場合、次に重要になるのが「指示・警告上の欠陥」をなくすことです。つまり、取扱説明書や製品本体のラベルで、危険性や誤った使用方法についてユーザーに適切に伝える責任です。
エアダスターのような化学製品では、多くの場合「吸引厳禁」「火気厳禁」「換気の良い場所で使用」といった警告が表示されています。今回の判決では詳述されていませんが、こうした警告表示の適切性も、裁判の重要な要素であったはずです。単に「危険」と記すだけでなく、吸引によってどのような健康被害や事故につながる可能性があるのかを具体的に示すことが、リスクコミュニケーションの観点からも求められます。ユーザーが危険性を正しく認識し、行動を回避できるように導くための表示設計は、品質管理や製品安全を担当する部門の重要な役割と言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回の米国の事例は、グローバルに製品を供給する日本のメーカーにとっても他人事ではありません。特に一般消費者向けの製品を扱う企業にとって、以下の点は改めて確認すべき実務的な示唆と言えます。
1. リスクアセスメントにおける「誤用」の定義と範囲の明確化
製品開発プロセスにおいて、「合理的に予見可能な誤用」のシナリオを具体的に洗い出し、そのリスクレベルを評価する体制が重要です。子供による誤飲、想定外の環境での使用、意図的な分解など、ユーザーの行動を多角的に想定し、設計や警告に反映させる必要があります。
2. 設計による安全対策(フールプルーフ)の追求
警告表示に頼る前に、そもそも誤用が困難な構造(フールプルーフ)や、誤用しても重大な危険に至らない設計(フェールセーフ)を追求することが、メーカーの基本的な姿勢として求められます。今回の事例で言えば、苦味剤の添加がそれに当たりますが、その対策が製品本来の機能を損なわないか、新たなリスクを生まないかという多角的な検討が不可欠です。
3. グローバル基準での「指示・警告」の最適化
製品を輸出する場合、その国の法規制や文化、言語に合わせた警告表示が必須です。特に訴訟リスクの高い米国市場などでは、日本国内の基準よりもさらに踏み込んだ、具体的かつ強い警告が求められる傾向があります。PL保険への加入と合わせて、法務部門と連携したグローバルな製品安全体制の構築が不可欠です。
製品の安全性を追求する上で、メーカーの責任範囲に絶対的な境界線を引くことは困難です。しかし、このような事例から学び、自社の製品開発や品質保証のプロセスを常に問い直し、改善し続ける姿勢こそが、最終的にユーザーと企業自身を守ることにつながります。


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