革新的な製品で知られるダイソンが、なぜシンガポールを重要な製造拠点と位置付けているのでしょうか。同社CEOの発言から、これからのモノづくりに求められる「先進的製造」の姿と、日本の製造業が検討すべき課題について考察します。
ダイソンがシンガポールに託す「先進的製造」の未来
掃除機や空調家電で世界的に知られるダイソンが、研究開発や生産の重要拠点としてシンガポールへの投資を加速させています。近年ではグローバル本社機能も同国に移転し、次世代バッテリーの生産工場の建設を発表するなど、その動きは単なる一製造拠点としての位置づけを超えたものとなっています。同社のCEO、ハンノ・キルナー氏は、シンガポールが「先進的製造(Advanced Manufacturing)」にとって理想的な場所であると語っています。
高度人材とエコシステムが決め手
キルナー氏がシンガポールの最大の魅力として挙げているのは、「高度なスキルを持つエンジニア」の存在です。これは、単に安価な労働力を求める従来の海外生産とは一線を画す考え方と言えるでしょう。ダイソンの製品は、高性能モーター、流体力学、ソフトウェア、バッテリー技術など、多岐にわたる専門知識の集合体です。そのため、新製品の開発段階から製造プロセスに深く関与できる、高度な専門性を持った人材が不可欠となります。
この背景には、シンガポールが国策としてハイテク産業を支える人材の育成や、研究機関への投資に長年力を入れてきたことがあります。グローバル企業が活動しやすい法制度や税制も整備されており、研究開発(R&D)と製造が地理的に近い距離で連携できるエコシステムが形成されています。ダイソンの選択は、こうした環境全体を評価した結果であると考えられます。
日本の製造業が見つめ直すべきこと
ダイソンの言う「先進的製造」とは、単なる工場の自動化やスマートファクトリー化だけを指すものではないようです。むしろ、ロボティクス、AI、データサイエンスといった最先端技術を駆使し、製品開発と製造プロセスそのものを革新していく活動を意味しています。複雑で精密な製品を、高い品質を維持しながら安定的に量産するためには、ハードウェアの知識だけでなく、ソフトウェアやデータ解析の能力が不可欠です。製造現場がR&Dの一部として機能し、そこから得られたデータが次の製品開発にフィードバックされる、というサイクルが重要になります。
これは、日本の製造業が長年得意としてきた「すり合わせ」や「カイゼン」といった現場力を、デジタル技術によって新たな次元に引き上げる試みとも捉えられます。しかし、その担い手はもはや現場の熟練技能者だけでなく、データサイエンティストやソフトウェアエンジニアといった、これまで製造現場とは少し距離のあった人材へと広がりつつあるのです。この変化への対応は、日本の多くの企業にとって大きな課題ではないでしょうか。
日本の製造業への示唆
今回のダイソンの事例は、日本の製造業関係者にとって、自社の将来を考える上で重要な示唆を与えてくれます。特に以下の3点は、事業や工場運営を考える上で重要な論点となるでしょう。
1. 人材への投資とスキルの再定義
国内の生産年齢人口が減少する中、人材の確保は喫緊の課題です。しかし、単に人手を補うだけでなく、これからのモノづくりにどのようなスキルを持つ人材が必要なのかを経営層から現場までが一体となって定義し直す必要があります。特に、デジタル技術を理解し、製造プロセスに応用できるエンジニアの育成と獲得は、企業の競争力を左右する重要な要素となります。
2. R&Dと製造の真の融合による価値創造
研究開発部門と製造現場が密に連携する体制は、多くの日本企業が強みとしてきた点です。しかし、製品の複雑化と開発スピードの加速に対応するためには、より一層の融合が求められます。設計段階から量産を見据えるだけでなく、製造現場から得られるデータをリアルタイムで開発に活かす仕組みづくりが不可欠です。これは組織の壁を越えた協力体制なくしては実現できません。
3. 国内拠点の高付加価値化
コスト競争力だけで海外拠点と張り合う時代は終わりつつあります。日本のマザー工場や国内生産拠点が今後も価値を発揮し続けるためには、ダイソンがシンガポールに求めるような「先進的製造」の拠点へと進化していく必要があります。最先端技術の実証実験の場として、あるいは高度なスキルを持つ人材が集まる開発・製造拠点として、その役割を再定義し、戦略的な投資を行っていくことが重要です。グローバル企業がなぜその国を選ぶのか、という視点は国内投資のあり方を考える上でも大いに参考になります。


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