英国の直動機器メーカーであるHepcoMotion社は、見習い(Apprentice)からキャリアをスタートした人材を新たな生産担当役員に任命しました。この人事は、現場経験を基盤とした長期的な人材育成が、企業の持続的な成長にいかに重要であるかを示唆しています。
見習いから生産担当役員へ
英国に本拠を置くリニアモーション技術の専門メーカー、HepcoMotion社が、同社のデヴォン州ティバートン本社工場において、新たな生産担当役員(Production Director)にクリス・スティール氏を任命したことを発表しました。特筆すべきは、スティール氏の経歴です。彼は見習いとして同社でのキャリアをスタートさせ、生産管理の各階層を着実に歩み、最終的に経営層の一員である取締役に就任しました。
このような「現場からのたたき上げ」による役員登用は、欧米企業では必ずしも一般的ではありませんが、ものづくりの根幹を支える知見が経営判断に活かされる、非常に示唆に富んだ事例と言えるでしょう。
現場起点のキャリアパスがもたらす組織への好影響
見習いや現場作業者としてキャリアを始めた人材が経営層に加わることには、いくつかの重要な利点があると考えられます。第一に、製品が作られる工程の隅々までを熟知している点です。机上の空論ではない、現実的な生産性向上や品質改善、コスト削減の施策を立案・実行できる可能性が高まります。
第二に、現場の従業員との強固な信頼関係を構築しやすい点です。同じ立場で汗を流した経験を持つリーダーの言葉は、現場の従業員にとって説得力を持ちます。これにより、経営方針が現場に浸透しやすくなり、組織としての一体感が醸成される効果も期待できます。
日本の製造業においても、OJT(On-the-Job Training)を通じて多能工を育成し、その中から班長や職長といった現場リーダーが生まれる文化が根付いています。今回のHepcoMotion社の事例は、その延長線上に、経営を担う人材を育成するという長期的な視点の重要性を示しています。
長期的な人材投資としての見習い制度
スティール氏の昇進は、個人の成功物語であると同時に、HepcoMotion社の人材育成に対する哲学を反映しています。見習い制度(Apprenticeship)を、単なる初期の技能訓練期間としてではなく、将来のリーダーを発掘し、育てるための長期的な投資と捉えていることがうかがえます。
一つの企業で長年にわたり多様な職務を経験することは、特定の専門技能だけでなく、企業文化や価値観への深い理解を育みます。こうした人材は、短期的な業績だけでなく、企業の持続的な成長や技術伝承といった、より本質的な課題に対して的確な判断を下すことができる貴重な存在です。
日本の製造業への示唆
今回の事例は、人材不足や技術伝承といった課題に直面する日本の製造業にとって、改めて考えるべきいくつかの要点を示しています。
1. 現場起点のキャリアパスの再評価
現場の経験は、製造業における経営判断の根幹をなすものです。現場を熟知した人材が経営層に参画するキャリアパスを制度として設計し、従業員に示すことは、個人のモチベーション向上だけでなく、組織全体の競争力強化に繋がります。短期的な人材確保だけでなく、10年、20年先を見据えた人材育成計画が求められます。
2. 技術・技能伝承とリーダーシップ育成の連動
豊富な現場経験を持つ人材は、技術・技能伝承のキーパーソンです。彼らを経営層に登用することは、その知見を個別の現場だけでなく、全社的な戦略に活かすことを意味します。これにより、組織全体の技術レベルの維持・向上と、次世代リーダーの育成を同時に推進することが可能になります。
3. 従業員エンゲージメントの向上
「見習いから役員へ」という道筋が実例として示されることは、現場で働くすべての従業員にとって大きな希望となります。「真面目に技術を磨き、会社に貢献すれば、誰もが経営を担うチャンスがある」という企業文化は、従業員の定着率を高め、より良いものづくりへの意欲を引き出す重要な要素となるでしょう。


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