一見、製造業とは無関係に思える音楽コンサートのツアー業界。しかし、その舞台裏で展開される高度な「プロダクションマネジメント」と体系的な人材育成の仕組みは、日本の製造業が直面する課題解決のヒントに満ちています。
はじめに:異業種から学ぶ現場力の本質
先日、米国のカントリーミュージック協会(CMA)が、音楽ツアー業界のプロフェッショナルを育成するためのメンターシップ・プログラムの募集を開始したという報道がありました。このプログラムでは、プロダクションマネジメント、音響・照明技術などの専門分野で、経験豊富なプロが若手を指導する仕組みが用意されています。こうした異業種の取り組みは、私たち製造業の人間にとって、自社の現場運営や人材育成を見直す上で、示唆に富むものです。
音楽ツアーにおける「プロダクションマネジメント」とは
音楽ツアーの現場は、毎回異なる会場、限られた時間、そして多様な専門家との協業という厳しい制約の中で、常に最高のパフォーマンスという「製品」を安定的に提供しなければなりません。これは、いわば「移動する工場」の運営そのものです。機材の輸送計画や搬入・設営はサプライチェーンと物流管理、音響や照明のセッティングは精密な工程設計と段取り、そして本番中のトラブル対応はリアルタイムの品質管理や異常処置に相当します。こうした複雑なプロセス全体を俯瞰し、計画通りに遂行させる役割が「プロダクションマネージャー」であり、これは製造業における工場長や生産管理責任者の役割と本質的に同じであると言えるでしょう。
体系的な人材育成としてのメンターシップ制度
今回のCMAのプログラムが示す重要な点は、こうした高度な現場マネジメント能力の習得を、個人の経験やOJT(On-the-Job Training)だけに委ねていないことです。業界団体が主導し、経験豊富なベテラン(メンター)が持つ暗黙知やノウハウを、若手(メンティー)に体系的に伝承する公式な仕組みを構築しています。日本の製造業においても、熟練技術者の技能伝承は長年の課題です。日々の業務に追われる中でOJTが形骸化しがちな現場も少なくない中、このような意図的に設計されたメンターシップ制度は、次世代の現場リーダーや多能工を効率的に育成する上で、極めて有効な手段となり得ます。
多様な専門家の連携と全体最適の実現
このプログラムでは、音響エンジニアや照明デザイナーといった、各分野の高度な専門家も育成対象となっています。これは、製造業における組立、溶接、塗装、検査といった各工程の専門技術者に相当します。プロダクションマネージャーは、これらの専門家集団がそれぞれの能力を最大限に発揮できるよう調整し、プロジェクト全体の成功(=最高のステージ)という一つの目標に導きます。工場においても、各部門が部分最適に陥ることなく、工場全体の生産性や品質向上という共通目標に向かって連携することが不可欠です。専門性の高い技術者たちが互いに連携し、全体最適を追求する組織文化を醸成する上で、このような異業種の事例は参考になります。
日本の製造業への示唆
今回の音楽業界の事例から、日本の製造業が学ぶべき点は以下の3点に整理できます。
1. 体系的な技能伝承の仕組みの再構築:
日々のOJTだけに頼るのではなく、優れた技能や管理ノウハウを持つベテランを「メンター」として公式に位置づけ、その知見を計画的に次世代へ伝承する制度の導入を検討する価値があります。これは、技能伝承の加速化だけでなく、ベテラン社員のモチベーション向上にも繋がります。
2. 現場リーダーに求められる「プロダクションマネジメント」能力:
工場長や現場リーダーには、単なる工程管理能力だけでなく、物流、設備、人材、品質といった複数の要素を統合し、予期せぬ変化にも柔軟に対応しながらプロジェクト全体を成功に導く、より高度なマネジメント能力が求められます。こうした視点での人材育成が、今後の競争力を左右するでしょう。
3. 異業種の優れた事例から学ぶ姿勢:
製造業という枠組みの中だけで思考するのではなく、他業界の現場管理や人材育成の仕組みに目を向けることで、自社の課題を解決する新たな糸口が見つかることがあります。固定観念にとらわれず、積極的に他分野の事例を学び、自社流にアレンジしていく柔軟な姿勢が重要です。


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