インドの経営大学院で演劇が上演されたという一見無関係なニュースから、日本の製造業が学ぶべき組織運営のヒントを読み解きます。多様な専門家が協力して一つの価値を創造する演劇制作のプロセスは、私たちの「ものづくり」の縮図と言えるかもしれません。
演劇制作と製造業の共通点
先日、インド経営大学院(IIM)で演劇が上演されたという記事が報じられました。記事では、その制作が音楽、リズム、プロダクションマネジメントといった多くの専門家の協力によって支えられていたことが伝えられています。これは一見、我々製造業とは縁遠い話題に思えるかもしれません。しかし、その舞台裏の仕組みに目を向けると、そこには「ものづくり」の根幹に通じる重要な示唆が隠されています。
一つの演劇作品は、脚本家、演出家、俳優はもちろんのこと、音楽、照明、音響、舞台装置、衣装、そして全体を統括する制作管理(プロダクションマネジメント)など、多岐にわたる専門家の力が結集して初めて形になります。これらの役割は独立して機能しているのではなく、互いに緊密に連携し、調和することで、一つのまとまった作品として観客に感動を与えます。この構造は、製造業における製品開発や生産のプロセスと驚くほどよく似ています。設計、開発、生産技術、製造、品質保証、購買といった各部門が、それぞれの専門性を発揮しながらも、最終的な製品という一つの目標に向かって連携する姿とまさしく重なるのです。
「部分最適」の罠と「全体最適」の追求
演劇の舞台を想像してみてください。もし音楽だけが突出して素晴らしくても、それが俳優の演技や物語の雰囲気と合っていなければ、作品全体の質を損なってしまいます。照明や音響も同様です。それぞれのパートが自身の役割で最高のパフォーマンスを目指すことは重要ですが、それ以上に、作品全体としての調和が求められます。
これは、製造現場でしばしば課題となる「部分最適」の問題に他なりません。例えば、生産技術部門がコストダウンのみを追求し、現場での扱いにくさや安全性を度外視した治具を導入したとします。その結果、製造部門の生産性が低下したり、思わぬ品質問題が発生したりすることがあります。これは、各部門が自らのKPI(重要業績評価指標)達成を優先するあまり、組織全体としてのパフォーマンスが損なわれる典型的な例です。
優れた製品を安定的に生み出す強い工場は、各部門が自らの役割を全うしつつも、常に後工程や他部門への影響を考慮し、組織全体のパフォーマンスが最大化される「全体最適」を追求する文化が根付いています。元記事に登場した「プロダクションマネジメント」という役割は、まさにこの全体最適を司る司令塔です。私たち製造業においても、工場長や生産管理、プロジェクトマネージャーといった役割が、各部門の専門性を束ね、共通の目標へと導くことの重要性を再認識させられます。
多様な専門性の調和が価値を創造する
現代のものづくりはますます複雑化しており、機械、電気、ソフトウェア、化学、デザイン、マーケティングといった、異なる専門分野の知見なくしては成り立ちません。多様な専門家が効果的に協業するためには、互いの専門性を尊重し、円滑なコミュニケーションを図るための共通言語や文化、そして明確な目標の共有が不可欠です。
時に、私たち技術者も、演劇や音楽のような芸術文化に触れることで、新たな視点や発想を得ることがあります。それだけでなく、一つの作品が多くの人々の協調によって創り上げられるプロセスを目の当たりにすることで、チームワークにおける「調和」の重要性を直感的に理解するきっかけになるかもしれません。インドのトップレベルの経営大学院が、ビジネス教育の場でこうした文化活動を重視する背景には、論理的思考力だけでなく、多様な人材をまとめ上げる共感力や創造性を育む狙いがあるのではないでしょうか。
日本の製造業への示唆
この小さなニュースから、私たちは以下の3つの重要な示唆を得ることができます。
1. 部門間の壁を越えた連携の強化
自部門の目標達成だけでなく、製品全体、ひいては事業全体の成功という共通目標を常に組織内で共有し、意識することが不可欠です。部門間のサイロ化は、知らず知らずのうちに組織の総合力を削いでしまいます。
2. 全体を俯瞰する「プロダクションマネージャー」の育成
特定の専門分野に精通しているだけでなく、開発から生産、出荷までの一連のプロセスを理解し、部門間の利害を調整しながらプロジェクト全体を推進できる人材の育成が急務です。工場長や生産管理責任者、製品開発のプロジェクトリーダーには、まさにこのような全体を俯瞰し、調和を生み出す能力が求められます。
3. 多様な視点とソフトスキルの尊重
高度な技術力に加え、コミュニケーション能力や協調性、異なる専門性を持つ他者を理解し尊重する姿勢といったソフトスキルが、これからのものづくりにおける複雑な課題を解決する鍵となります。技術者教育においても、こうした能力を育む視点を組み込むことが、組織の持続的な成長につながるでしょう。


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