かつて「ゴールドスタンダード」と評された北米の自由貿易協定は、近年導入された関税政策との間で軋轢を生んでいます。国境を越えて緊密に統合された製造業のサプライチェーンは、先行きが見えない不確実性の高まりに直面しており、その影響は北米に拠点を置く日本企業にとっても他人事ではありません。
北米における統合されたサプライチェーンの実態
北米の製造業、特に自動車産業や機械産業は、NAFTA(北米自由貿易協定)やその後継であるUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の下で、国境を越えた非常に効率的なサプライチェーンを構築してきました。例えば、ある部品はメキシコで製造され、カナダで中間組立が行われ、最終的に米国の工場で完成品になるといったように、製品が完成するまでに何度も国境を越えることは珍しくありません。これにより、各国はそれぞれの強みを活かし、最適地生産によるコスト競争力を高めてきたのです。
関税政策がもたらす混乱とコスト圧力
しかし、近年導入された鉄鋼やアルミニウムへの追加関税をはじめとする保護主義的な通商政策は、この緊密に連携したサプライチェーンに大きな負荷をかけています。これまで関税を前提としていなかった部品や素材の調達コストが予期せず上昇し、企業の収益性を直接的に圧迫しています。さらに深刻なのは、関税の対象品目や税率がいつ、どのように変更されるか予測が難しいという「不確実性」です。これにより、企業は中長期的な生産計画や設備投資の意思決定が非常に困難な状況に置かれています。
現場レベルで発生する課題
工場の現場レベルでは、これまで安定していた部品の調達リードタイムが不規則になったり、代替サプライヤーを探す必要に迫られたりといった混乱が生じています。また、新たな関税に対応するための通関手続きの煩雑化は、物流部門や管理部門の業務負荷を増大させます。こうした目に見えにくいコストの増加も、決して無視することはできません。生産計画の変更が頻発すれば、現場の稼働率や生産性にも直接的な影響が及びます。
日本の製造業への示唆
今回の北米の状況は、グローバルに事業を展開する日本の製造業にとって、重要な教訓を含んでいます。以下に、我々が考慮すべき点を整理します。
1. サプライチェーンの脆弱性評価
特定の国や地域に依存したサプライチェーンは、地政学的なリスク、特に通商政策の変更によって大きな影響を受ける可能性があることを改めて認識する必要があります。自社のサプライチェーン全体を可視化し、どこにボトルネックや脆弱性が潜んでいるかを定期的に評価する体制が求められます。
2. 調達先の複線化と代替生産の検討
単一のサプライヤーや一国からの調達に依存するリスクを低減するため、調達先の複線化(マルチソーシング)は常に検討すべき課題です。また、有事の際に生産を代替できる拠点を確保しておくなど、サプライチェーンの強靭性(レジリエンス)を高めるための具体的な手を打っておくことが、事業継続の鍵となります。
3. 通商政策に関する情報収集の重要性
各国の通商政策や関税に関する動向は、もはや他人事ではありません。関連情報を継続的に収集・分析し、自社への影響を迅速に評価できる体制を構築することが不可欠です。これは、経営判断の質とスピードを左右する重要な要素と言えるでしょう。
4. コスト構造の再評価
関税によるコスト増を一過性のものと捉えず、恒久的なコストとして事業計画に織り込む必要が出てくるかもしれません。グローバルな環境変化に対応した、柔軟な原価管理と価格戦略が、今後の製造業経営においてますます重要になっていくと考えられます。


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