航空宇宙産業に学ぶ、アディティブ・マニュファクチャリングによるサプライチェーン強靭化

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近年、地政学リスクや自然災害など、サプライチェーンの寸断は製造業にとって喫緊の課題となっています。本稿では、航空宇宙産業の事例をもとに、アディティブ・マニュファクチャリング(AM)技術が、いかにしてサプライチェーンの危機を乗り越え、生産体制に俊敏性をもたらすかについて解説します。

アディティブ・マニュファクチャリング(AM)がもたらす変化

アディティブ・マニュファクチャリング(AM)、いわゆる3Dプリンティング技術は、単なる試作品製作のツールから、実用部品を製造する生産技術へと進化を遂げています。特に、極めて高い品質と信頼性が求められる航空宇宙産業において、その活用が急速に進んでいます。この背景には、複雑な形状の部品を一体で製造できる、あるいは軽量化を実現できるといった設計上の利点に加え、サプライチェーンに対する貢献が大きく関わっています。

パラダイムシフト:伝統的なサプライチェーンの課題

これまで多くの製造業は、グローバルにサプライヤー網を広げ、コスト効率を最大化することを追求してきました。しかし、この高度に最適化されたサプライチェーンは、特定の地域やサプライヤーへの依存度を高め、パンデミックや国際紛争といった予期せぬ事態に対して脆弱であることが明らかになりました。リードタイムの長期化、部品調達の遅延や停止は、生産計画に深刻な影響を及ぼします。

航空宇宙産業も例外ではありません。特に、長期間にわたって運用される航空機の保守・修理(MRO)においては、製造中止となった古い部品の調達が大きな課題となります。サプライヤーが廃業していたり、当時の金型が残っていなかったりするケースも少なくありません。

「効率」から「俊敏性(アジリティ)」へ

こうした課題に対し、AMは有効な解決策を提示します。AMの最大の特長は、3Dデータさえあれば、必要な時に、必要な場所で、必要な数の部品を製造できる「オンデマンド生産」を可能にすることです。物理的な在庫や金型を持つ代わりに、部品データを「デジタル・インベントリ(デジタル倉庫)」として保管・管理できます。

これにより、以下のような変革がもたらされます。

  • リードタイムの劇的な短縮: 金型の設計・製作や、遠隔地からの輸送が不要になり、数週間から数ヶ月かかっていた部品調達が数日に短縮される可能性があります。
  • サプライチェーンの強靭化: 特定のサプライヤーへの依存を減らし、必要に応じて内製化したり、現地の協力工場で生産したりといった分散製造が可能になります。これにより、地政学リスクや輸送途絶の影響を最小限に抑えることができます。
  • 在庫コストの削減: 物理的な保守部品の在庫を持つ必要がなくなり、倉庫費用や在庫管理コストを大幅に削減できます。

これは、製造業における価値尺度が、従来のコスト追求型の「効率性」から、変化に迅速に対応する「俊敏性(アジリティ)」へと移行しつつあることを示唆しています。AMは、この俊敏性を実現するための重要な基盤技術と言えるでしょう。

日本の製造業への示唆

今回の航空宇宙産業の事例は、日本の製造業にとっても多くの示唆を与えてくれます。特に、我々が直面する実務的な課題に対して、AMがどのように貢献できるかを考えることが重要です。

要点整理:

  1. サプライチェーンリスクへの備え: AMは、部品のオンデマンド生産・分散製造を可能にし、サプライチェーンの脆弱性を補う有効な手段となります。BCP(事業継続計画)の一環として、AMによる代替生産体制の構築を検討する価値は大きいでしょう。
  2. 保守部品・サービスパーツ問題の解決: 製品の長寿命化が進む一方、補修用部品の供給期間維持は大きな負担です。AMを活用したデジタル・インベントリは、金型保管コストや過剰在庫のリスクを低減し、サービス事業の収益性改善に貢献します。
  3. 少量多品種生産への対応: 顧客ニーズの多様化に対応するため、少量多品種生産への移行は多くの工場にとっての課題です。金型不要で生産できるAMは、こうした変種変量生産と極めて親和性が高い技術です。
  4. 俊敏性という新たな競争力: これからの製造業は、コストや品質に加え、市場の変化や顧客の要求にどれだけ迅速に対応できるかという「俊敏性」が問われます。AMは、開発期間の短縮や設計変更への柔軟な対応を可能にし、企業の競争力を高める源泉となり得ます。

実務への展開:

経営層や工場長は、自社のサプライチェーンにおける重要部品や調達リスクの高い部品をリストアップし、AMによる内製化や代替生産の技術的・経済的な実現可能性を評価することから始めるべきです。一方で、技術者や現場リーダーは、まずは治具や試作品の製作にAMを導入し、ノウハウを蓄積していくことが現実的です。その過程で、AMならではの設計思想(DfAM: Design for Additive Manufacturing)を学び、既存製品の置き換えに留まらない、付加価値の高いものづくりへと繋げていく視点が求められます。AMを既存の優れた量産技術と対立するものと捉えず、適材適所で活用するハイブリッドな生産体制を構築していくことが、日本の製造業の持続的な発展に繋がるものと考えます。

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