米国食品医薬品局(FDA)は、医療機器の品質システムに関する新たな規則「QMSR」を公表しました。これは従来のQSR(21 CFR Part 820)を国際規格ISO 13485:2016と整合させるものであり、米国へ製品を輸出する日本の医療機器メーカーおよび関連サプライヤーにとって重要な変更となります。本稿では、このQMSRの概要と実務上の影響について解説します。
背景:なぜ今、品質システム規則が変わるのか
これまで米国の医療機器メーカーは、FDAが定める品質システム規則(QSR: Quality System Regulation)、すなわち連邦規則第21条第820部(21 CFR Part 820)を遵守することが求められてきました。この規則は、医療機器の設計、製造、包装、表示、保管、設置、サービスに関する要求事項を定めたもので、CGMP(Current Good Manufacturing Practice)要件の中核をなすものです。
一方で、グローバル市場においては、医療機器の品質マネジメントシステムに関する国際規格「ISO 13485」が広く採用されています。多くの国で規制要求事項として取り入れられており、国際的に事業を展開するメーカーにとっては、FDAのQSRとISO 13485の両方に対応する必要がありました。この重複は、メーカーにとって文書管理や監査対応の負担となっていました。
こうした背景から、FDAは規制の合理化と国際的な整合性を高めることを目的に、QSRをISO 13485:2016の要求事項を取り込む形で刷新することを決定しました。この新しい規則が「品質マネジメントシステム規則(QMSR: Quality Management System Regulation)」です。
QMSRの核心:ISO 13485の組み込みとFDA独自の要求事項
QMSRの最も大きな変更点は、ISO 13485:2016を品質マネジメントシステムの基本的な要求事項として採用したことです。これにより、品質マニュアルや手順書の構成、用語の定義などが、国際規格に準拠したものになります。例えば、設計管理、リスクマネジメント、サプライヤー管理といったプロセスは、ISO 13485の枠組みに沿って構築・運用されることになります。
しかし、注意すべきは、QMSRが単にISO 13485をそのまま採用したものではないという点です。FDAは、公衆衛生を守るという独自の使命に基づき、これまでQSRで定めてきた特定の要求事項をQMSRにも追加、あるいは維持しています。具体的には、医療機器報告(MDR)に関する要求事項(21 CFR Part 803)や苦情ファイルの取り扱い、トレーサビリティに関する要求事項などが挙げられます。したがって、既にISO 13485の認証を取得している企業であっても、これらのFDA独自の追加要求事項を正確に理解し、既存の品質マネジメントシステムに組み込む必要があります。
日本の製造業への影響と求められる対応
この変更は、米国の市場に関わる日本の製造業にとって、決して他人事ではありません。特に以下の企業は、速やかな対応が求められます。
まず、米国に医療機器の最終製品を輸出しているメーカーは、直接的な影響を受けます。施行日である2026年2月2日までに、自社の品質マネジメントシステムをQMSRの要求事項に適合させなければなりません。これには、現行システムとQMSRとのギャップ分析、品質マニュアルや関連手順書の全面的な見直し、そして従業員への教育訓練が含まれます。
次に、これらの医療機器メーカーに部品や材料、あるいは製造委託サービスを提供しているサプライヤーも間接的な影響を受けることになります。発注元であるメーカーは、QMSR(すなわちISO 13485)に基づいたサプライヤー管理を強化することが予想されます。契約内容の見直しや、より厳格な品質監査、文書提出などが求められる可能性があるため、自社の品質管理体制が国際規格のレベルにあるか、改めて点検しておくことが賢明です。
また、直接医療機器に関わらない製造業にとっても、今回の動きは示唆に富んでいます。一国の規制が国際規格と整合性をとるという流れは、他の産業分野でも加速する可能性があります。グローバルなサプライチェーンにおいて自社の競争力を維持するためには、国際標準を意識した品質マネジメントシステムの構築がますます重要になると言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回のFDAによるQMSRの導入は、単なる規制変更に留まらず、グローバルなものづくりの潮流を反映した動きです。我々日本の製造業がこの変化に対応し、さらに発展していくためには、以下の点が重要になると考えられます。
1. 国際規格への準拠は「守り」から「攻め」の基盤へ
ISO等の国際規格への対応は、もはや輸出のための最低条件という「守り」の側面だけではありません。グローバルに整合性のとれた品質マネジメントシステムを構築することは、業務の効率化やサプライチェーン内での信頼性向上につながり、事業競争力を高める「攻め」の基盤となります。
2. 規格の「認証取得」と「実質的な運用」は別物
特に注意すべきは、ISO 13485の認証を取得しているからQMSR対応は万全、と安易に考えないことです。FDAの査察では、文書が整っているかだけでなく、システムが現場でいかに実質的に機能しているかが厳しく問われます。規格の要求事項の本質を理解し、自社のプロセスに落とし込み、その有効性を客観的なデータで示せるようにしておくことが不可欠です。
3. サプライチェーン全体での品質保証意識の向上
最終製品メーカーだけでなく、部品や素材を供給するサプライヤーに至るまで、サプライチェーン全体で品質保証レベルを高めていく必要があります。自社がどの製品の、どの部分を担っているのかを認識し、顧客であるメーカーから求められる品質要求の変化に、主体的に対応していく姿勢が求められます。
4. 計画的な移行準備の開始
2026年2月という施行日までの移行期間は、決して長くはありません。影響を受ける可能性のある企業は、速やかに情報収集とギャップ分析に着手し、文書改訂、従業員教育、内部監査といった具体的な移行計画を立て、着実に実行していくことが、円滑な対応の鍵となるでしょう。


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