現代の製造業は、技術革新による競争力強化を追求すると同時に、複雑化・厳格化する規制への対応という重要な課題に直面しています。これら「攻め」と「守り」の経営課題をいかに両立させるかが、持続的な成長の鍵を握ると言えるでしょう。
はじめに – 変化する製造業の事業環境
今日の製造業を取り巻く環境は、かつてない速さで変化しています。AIやIoTといったデジタル技術の進展が新たな生産方式を生み出す一方で、環境問題、労働安全、サイバーセキュリティなどに関する法規制は世界的に強化される傾向にあります。海外の法律事務所のレポートでも指摘されているように、現代の製造業は「新しいイノベーション(New innovations)」と「増大する規制リスク(increased regulatory risks)」という、二つの大きな潮流の中で事業運営を行わなければならない状況にあるのです。これらは別々の課題ではなく、相互に影響し合う、経営の両輪と捉えるべき重要なテーマです。
「攻め」の経営:イノベーションの追求
競争力を維持・強化するため、製造業にとって技術革新への取り組みは不可欠です。スマートファクトリー化による生産性の向上、3Dプリンティングを活用した試作・製造プロセスの短縮、新素材開発による製品の高付加価値化など、その領域は多岐にわたります。日本のものづくりの現場においても、長年培ってきた匠の技と、デジタル技術をいかに融合させるかが大きな課題となっています。
ただし、新技術の導入は、単に設備を入れ替えれば済む話ではありません。既存の生産ラインとの連携、データを活用するための人材育成、そして何より費用対効果の冷静な見極めが求められます。経営層や工場長は、自社の強みと市場のニーズを見据え、どの技術に投資すべきか戦略的な判断を下す必要があります。また、技術者や現場リーダーは、新しいツールを使いこなし、日々の改善活動へと繋げていく地道な努力が重要となります。
「守り」の経営:増大・複雑化する規制リスクへの対応
イノベーションが「攻め」の経営だとすれば、規制対応は「守り」の経営の根幹をなすものです。特に近年、その重要性は増すばかりです。具体的には、以下のようなリスクが挙げられます。
- 環境規制:カーボンニュートラルに向けたCO2排出量削減、国内外の化学物質規制(REACH、RoHSなど)への対応。
- 労働安全衛生:労働災害を防止するための法規制遵守と、より安全な職場環境の構築。
- サプライチェーン管理:人権デューデリジェンスや紛争鉱物規制など、自社だけでなくサプライヤー全体でのコンプライアンス確保。
- サイバーセキュリティ:工場内の制御システム(OT)を標的としたサイバー攻撃からの防御。
- 品質・製品安全:各国の製品安全基準やリコール制度への対応。
これらの規制対応を怠った場合、罰金や操業停止命令といった直接的な損害だけでなく、企業の信頼失墜という大きなダメージを被る可能性があります。特にグローバルに事業を展開する企業にとっては、各国の法制度を正確に把握し、遵守する体制の構築が事業継続の生命線となります。
「攻め」と「守り」の戦略的両立
一見すると、イノベーションへの投資と規制対応のコストは、トレードオフの関係にあるように思えるかもしれません。しかし、優れた企業はこれらを両立させ、むしろ相乗効果を生み出しています。例えば、厳しい環境規制をクリアするために開発した省エネルギー技術が、結果的に生産コストの削減と製品の新たな競争力に繋がるケースは少なくありません。また、サプライチェーン全体の人権や環境に配慮することは、ESG経営の観点から企業価値を高め、投資家や顧客からの評価を得ることにも繋がります。
重要なのは、法務や品質保証といった管理部門と、開発・生産といった現場部門が密に連携することです。製品の企画・設計段階から関連法規を織り込み、生産プロセスにおいても常にコンプライアンスを意識する。こうした全社的な取り組みが、「守り」を固めつつ、持続的な「攻め」を可能にするのです。
日本の製造業への示唆
本稿で考察した内容から、日本の製造業が留意すべき点を以下に整理します。
要点:
- 現代の製造業経営は、競争力強化のための「技術革新」と、事業継続のための「規制対応」という二つの側面から成り立っています。
- 技術革新は、単なる設備導入に留まらず、人材育成や既存プロセスとの統合を含めた組織的な取り組みが成功の鍵となります。
- 規制リスクは環境、労働、サプライチェーンなど広範にわたり、グローバル基準でのコンプライアンス体制構築が不可欠です。
- 「攻め(イノベーション)」と「守り(規制対応)」は相反するものではなく、規制対応を新たな技術開発や企業価値向上の機会と捉える戦略的視点が重要です。
実務への示唆:
- 経営層・工場長へ:自社の事業戦略の中で、技術開発投資とコンプライアンス・リスク管理体制の強化を、バランスを取りながら推進することが求められます。特に、サプライチェーン全体を俯瞰したリスク管理は、今後ますます重要になるでしょう。
- 現場リーダー・技術者へ:新技術の導入や生産プロセスの変更を行う際は、性能や効率だけでなく、関連する安全・環境規制を初期段階から確認する習慣が不可欠です。日々の改善活動が、結果として企業のコンプライアンス遵守に貢献するという意識を持つことも重要です。
- 全部門共通:法務・知財、開発、生産、品質保証といった部門間の壁を取り払い、製品ライフサイクルの全段階で情報共有を行うことが、リスクの低減と機会の最大化に繋がります。


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