昨今、欧米を中心に小売店での万引きが急増し、社会問題化しています。この問題は単なる小売業の課題ではなく、サプライチェーン全体で捉えるべきリスクを示唆しており、我々製造業にとっても決して他人事ではありません。本稿では、この社会現象の背景を紐解きながら、製造業における損失防止やセキュリティ管理のあり方について考察します。
小売現場で深刻化する「シュリンケージ」という損失
英国BBCの報道によれば、欧米の小売業において万引きによる被害額が急増し、経営を圧迫する深刻な事態となっています。背景には、個人の出来心による犯行だけでなく、組織化された犯罪グループが関与するケースが増えていることが指摘されています。盗品はオンラインで容易に転売され、犯罪がビジネス化している側面もあります。これにより、一部の店舗では営業継続が困難になり、撤退を余儀なくされる例も報告されています。
このような万引きや従業員の不正、管理ミスなどによって生じる商品ロスを、サプライチェーンの用語で「シュリンケージ(棚卸減耗)」と呼びます。小売業の収益を直接的に蝕むこの問題は、サプライチェーンの上流に位置する製造業にも間接的な影響を及ぼしかねません。販売機会の損失や、小売側からのコスト削減圧力の増大につながる可能性があるからです。
製造業の現場におけるシュリンケージ
このシュリンケージという課題は、そのまま我々製造業の現場にも当てはまります。工場におけるシュリンケージは、部品や工具の紛失・盗難、完成品の横流し、在庫データの入力ミス、輸送中の破損や亡失など、様々な形で発生します。一つ一つの損失は小さくとも、積み重なれば経営に与える影響は無視できません。
特に、高価な電子部品や希少金属、あるいは知的財産ともいえる治具や工具などが対象となった場合、その被害は甚大です。また、在庫管理の不整合は、生産計画の前提を崩し、欠品による機会損失や過剰在庫によるキャッシュフローの悪化を招く原因ともなります。現場の管理者は、自社の工場や倉庫でどのようなシュリンケージが発生しうるか、改めて点検する必要があるでしょう。
社会・経済情勢の変化がもたらすリスク
万引き増加の背景には、インフレによる生活費の高騰や経済的な困窮といった社会情勢の変化があると考えられています。このようなマクロ環境の変化は、製造業の内部リスクにも影響を及ぼします。経済的なプレッシャーは、時に従業員の不正行為の動機となりうるからです。
また、非正規な流通ルートや転売市場の拡大は、工場からの製品や部品の横流しを助長する温床にもなりえます。外部環境の変化が、これまで安定していた社内の管理体制にどのような影響を与えうるか。経営層や工場長は、そうした視点から自社のリスク管理体制を見直すことが求められます。
今、製造業が取り組むべき対策
小売業では、防犯タグやAI搭載の監視カメラ、セルフレジの監視強化といった対策が進められています。これを製造業の文脈に置き換えると、以下のような対策が考えられます。
まず、物理的なセキュリティの強化です。部材置き場や倉庫への入退室管理を徹底し、重要品が保管されているエリアには監視カメラを設置するなど、基本的な対策の再徹底が重要です。次に、在庫管理プロセスの厳格化とデジタル化です。バーコードやRFIDを活用して在庫の動きをリアルタイムに追跡し、定期的な棚卸の精度を高めることで、差異の発生を早期に検知できます。
しかし、最も重要なのは、従業員が不正行為に手を染める必要のない、健全な職場環境を構築することかもしれません。適正な処遇はもちろんのこと、風通しの良いコミュニケーションを通じて従業員のエンゲージメントを高め、組織全体で損失をなくそうという意識を醸成することが、根本的な対策といえるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回の小売業における万引き増加の問題は、日本の製造業に携わる我々にいくつかの重要な示唆を与えてくれます。
- サプライチェーン全体でのリスク認識: 小売段階での損失は、巡り巡ってメーカーの事業環境にも影響を及ぼします。自社工場内の管理だけでなく、製品が顧客に届くまでのサプライチェーン全体を俯瞰し、どこにリスクが潜んでいるかを把握する視点が不可欠です。
- 内部不正リスクへの備え: 外部からの脅威だけでなく、内部の管理体制の脆弱性が大きな損失につながることを再認識すべきです。性善説に頼るだけでなく、プロセスとシステムによって不正が起こりにくい仕組みを構築することが、現代の経営には求められます。
- データに基づいた管理の徹底: 勘や経験に頼った在庫管理から脱却し、IoTや管理システムを活用して棚卸減耗の原因をデータで特定・分析する体制への移行が重要です。これにより、的確で効果的な改善策を講じることが可能になります。
- 社会情勢への感度: 景気や物価といったマクロな社会情勢の変化が、自社の従業員の行動やサプライチェーン上のリスクにどう影響するかを常に注視し、先を見越した対策を講じる必要があります。
一見、遠い世界の話に聞こえる社会問題の中にも、自社の工場運営や経営管理を改善するためのヒントが隠されています。広い視野で情報を捉え、自社の課題として考える姿勢が、これからの製造業のリーダーには一層求められるでしょう。


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