EV化の陰で進むニッケル供給逼迫 – 鉱山会社の「ネットゼロ」戦略が示すサプライチェーンの新たな潮流

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電気自動車(EV)の普及が加速する中、その基幹部品であるバッテリーの原材料、特にニッケルの安定確保が世界的な経営課題となっています。本記事では、カナダの鉱山会社の動向を参考に、ニッケル市場で起きている構造変化と、それが日本の製造業のサプライチェーンに与える影響を実務的な視点から解説します。

EV化が加速させるニッケル需要と供給の構造的課題

世界的な脱炭素化の流れを受け、自動車産業はEVへのシフトを急いでいます。これに伴い、リチウムイオン電池の性能を左右する重要素材であるニッケルの需要が急増しています。特に、航続距離の長い高性能なEVに使われる三元系(NMC)バッテリーでは、ニッケルの含有量を増やす「ハイニッケル化」が進んでおり、需要増に拍車をかけています。

一方で、供給面ではいくつかの構造的な課題が顕在化しています。まず、バッテリーに適した高純度の「クラス1ニッケル」の鉱床は偏在しており、新規の鉱山開発には莫大な投資と長い年月を要します。また、インドネシアに代表されるように、資源国が自国内での付加価値向上を目指し、未加工鉱石の輸出を規制する、いわゆる資源ナショナリズムの動きも供給の不安定要因となっています。既存の生産者による生産調整が、一度発生した供給制約の解消を長期的に難しくする可能性も指摘されており、需給バランスは極めてタイトな状況が続くものと見られています。

供給逼迫を見据えるCanada Nickel社の戦略

こうした状況下、カナダで大規模なニッケル鉱山開発を進めるCanada Nickel社のような新規参入企業の動きが注目されます。同社は、将来的な供給逼迫(サプライスクイーズ)を念頭に、大規模プロジェクトを着実に推進しています。重要なのは、同社が単なる増産を目指すだけでなく、同時に「ネットゼロ戦略」を強力に推進している点です。

これは、鉱石の採掘から製錬に至るまでのプロセスで排出される二酸化炭素を実質ゼロにすることを目指す取り組みです。具体的には、鉱山周辺の自然のプロセスを利用したCO2の吸収・固定化技術などを活用し、カーボンフットプリントを最小限に抑えたニッケルの生産を計画しています。この動きは、今後の資源調達における競争のルールが変わりつつあることを示唆しています。

「ネットゼロ」が資源調達の新たな競争軸に

これまで、資源調達は品質・コスト・納期(QCD)が主な評価軸でした。しかし、これからは「いかに環境負荷を低く生産された資源か」という点が、新たな、そして極めて重要な評価軸に加わります。自動車メーカーや電池メーカーは、自社製品のライフサイクル全体での環境負荷低減をサプライヤーにも強く求めるようになっています。つまり、たとえ品質や価格が同等であっても、カーボンフットプリントの大きいニッケルは市場で敬遠され、逆に「ネットゼロ・ニッケル」は付加価値を持つようになるのです。

Canada Nickel社の戦略は、将来の顧客となる自動車・電池メーカーの要求を先取りした、非常に戦略的な動きと捉えることができます。これは、もはや環境対応が企業の社会的責任(CSR)活動の一環ではなく、事業の持続可能性と競争力そのものを左右する経営課題であることを明確に示しています。

日本の製造業への示唆

今回の事例は、ニッケルという一素材に留まらず、日本の製造業全体にとって重要な示唆を含んでいます。以下に要点を整理します。

1. サプライチェーンの脆弱性再点検と上流への関与
特定の資源や部材の調達を、特定の国や企業に依存するリスクを改めて認識する必要があります。調達先の多様化はもちろんのこと、より安定的な確保のために、商社等と連携しながら鉱山開発のような上流(アップストリーム)のプロジェクトへ資本参加することも、有力な選択肢として検討すべき時期に来ています。

2. カーボンフットプリントを前提とした調達戦略の構築
自社のカーボンニュートラル目標を達成するためには、自社の生産プロセス(スコープ1, 2)だけでなく、サプライチェーン全体(スコープ3)でのCO2排出量管理が不可欠です。調達部門は、従来のQCDに「環境(Environment)」を加えた「QCDE」の視点でサプライヤーを評価し、低炭素な原材料・部材を優先的に調達する戦略へと舵を切る必要があります。

3. 長期的視点での技術開発の重要性
資源の供給制約や価格高騰は、今後も様々な品目で起こり得ます。こうしたリスクへの根本的な対策は、やはり技術開発にあります。特定資源への依存度を下げる代替材料の研究や、使用済み製品から資源を回収するリサイクル技術(サーキュラーエコノミー)の確立を、より一層加速させることが企業の持続的な成長の鍵となります。

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