オペレーションズ・マネジメント分野の権威ある国際学術誌が、最新の研究動向について議論するワークショップを開催した模様です。こうした学術界の最前線の議論は、数年後の製造業の姿を映す鏡となります。本稿では近年の主要な研究潮流を読み解き、日本の製造業が備えるべきことについて考察します。
学術研究は未来を映す鏡
生産管理やサプライチェーン・マネジメントを扱うオペレーションズ・マネジメント(OM)の分野で、世界的に権威のある学術誌「International Journal of Operations & Production Management (IJOPM)」が、研究者向けのワークショップを開催したという情報がありました。こうした学術的なイベントで交わされる議論は、一見すると我々の日常業務とは少し距離があるように感じられるかもしれません。しかし、そこで扱われるテーマは、産業界がこれから直面するであろう課題や、将来の競争力の源泉となる新たな考え方の萌芽であることが少なくありません。いわば、学術研究の動向は、数年後のものづくりの現場を映し出す先行指標と捉えることができます。
近年のオペレーションズ・マネジメントにおける3つの潮流
近年のOM分野の研究では、特に以下の3つのテーマが活発に議論されています。これらは、日本の製造業にとっても決して無関係ではなく、むしろ経営や現場運営の根幹に関わる重要な課題と言えるでしょう。
1. サプライチェーンの「レジリエンス(強靭性)」の追求
かつてのサプライチェーンは、無駄を徹底的に排除する「効率性」が至上命題でした。しかし、パンデミックや地政学的リスクの増大、自然災害の頻発といった事態を経て、サプライチェーンが寸断されるリスクが現実のものとなりました。現在では、効率性だけでなく、不測の事態にも耐えうる「レジリエンス(強靭性、回復力)」をいかに構築するかが最大の関心事となっています。研究の世界では、代替サプライヤーの確保、戦略的な在庫配置、需要変動への柔軟な対応力(アジリティ)などを、数理モデルやシミュレーションを用いて最適化するアプローチが探求されています。日本の製造業の強みである「ジャストインタイム」の思想を継承しつつも、脆弱性を克服し、より強靭な供給網へと進化させるための理論的支柱が築かれつつあります。
2. デジタライゼーションと実践的なデータ活用
インダストリー4.0やDX(デジタル・トランスフォーメーション)は、引き続き研究の中心テーマです。ただし、その焦点は単にIoT機器を導入するといった段階から、収集した膨大なデータをいかに「実践的に」活用するかに移っています。例えば、AIを用いて生産設備の異常を予知する「予知保全」の精度向上、デジタルツイン技術を活用した生産ラインの事前シミュレーションによるボトルネック解消、あるいは熟練技術者の判断プロセスをデータ化し、形式知として伝承する試みなど、より具体的で現場に根差した研究が増えています。日本の現場が持つ「匠の技」や「暗黙知」といった強みを、デジタル技術によっていかに継承・発展させていくか。そのヒントが、こうした研究の中に隠されています。
3. サステナビリティとサーキュラーエコノミーへの移行
環境への配慮は、もはや企業の社会的責任(CSR)という枠組みを超え、事業継続のための必須条件となりつつあります。学術界でも、環境負荷を測定・評価する手法から一歩進んで、事業活動そのものをサステナブルな形に変革するための研究が主流になっています。特に注目されるのが「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」です。これは、製品を製造・販売して終わりではなく、使用後の回収、再利用、再資源化までを前提として製品設計やビジネスモデルを構築する考え方です。サプライチェーン全体でのCO2排出量の可視化や、再生材利用率の向上などが具体的な研究課題となっています。これは、環境規制が国際的な貿易ルールにもなりつつある現代において、製造業が避けては通れない道です。
日本の製造業への示唆
こうした学術界の潮流は、日本の製造業に携わる我々に、日々の業務を見つめ直し、未来への備えを促すものです。最後に、実務における具体的な示唆を整理します。
1. 効率性一辺倒からの脱却
自社のサプライチェーンを改めて点検し、特定の国や企業に過度に依存している箇所はないか、リスクマップを作成して脆弱性を評価することが急務です。その上で、重要な部品については複数の購買先を確保したり、国内回帰を検討したりするなど、コストとリスクのバランスを再考する必要があります。「万が一」に備える投資が、結果的に事業の継続性を担保します。
2. スモールスタートでのデータ活用
大規模なDX投資が難しい場合でも、諦める必要はありません。まずは、現場で既に取得できているデータ(生産数、不良率、設備稼働時間など)に着目し、それらをExcelなどで可視化・分析することから始められます。小さな成功体験を積み重ねることが、現場のデータ活用への意識を高め、より高度な取り組みへの足がかりとなります。
3. 環境対応を競争力へ
サステナビリティへの取り組みを、規制対応という受け身の姿勢で捉えるのではなく、新たな付加価値を創出する好機と捉える視点が重要です。省エネ性能の高い製品開発や、リサイクルしやすい製品設計は、顧客からの評価を高め、新たな市場を開拓する力になり得ます。サプライヤーと協力し、サプライチェーン全体で環境負荷低減に取り組むことも、企業の信頼性を高める上で不可欠です。


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