欧州大手メーカーの人事に学ぶ、最高サプライチェーン責任者(CSCO)の重要性

Global製造業コラム

スウェーデンの衛生・健康関連メーカーであるEssity社が、新たな最高サプライチェーン責任者(CSCO)の任命を発表しました。この人事は、単なる一企業の動向に留まらず、現代の製造業においてサプライチェーン管理がいかに経営の根幹をなす重要課題となっているかを示唆しています。

欧州大手Essity社、CSCOを任命

2024年6月、衛生・健康関連製品で世界有数のメーカーであるEssity社は、Ilham Smaali氏を新たな最高サプライチェーン責任者(Chief Supply Chain Officer: CSCO)に任命したと発表しました。Smaali氏の正式な就任は2025年12月末を予定しているとのことです。この人事は、同社がグローバルに展開する複雑なサプライチェーンの管理を、経営の最重要機能の一つと位置づけていることの表れと言えるでしょう。

なぜ今、CSCOが注目されるのか

近年、欧米のグローバル企業を中心に、CSCOという役職を設置し、その権限を強化する動きが活発化しています。その背景には、製造業を取り巻く環境の劇的な変化があります。かつてサプライチェーン管理は、主にコスト削減や効率化を目的とする「守り」の機能と見なされがちでした。しかし、現在ではその役割が大きく変化しています。

まず、コロナ禍や地政学リスクの高まりにより、サプライチェーンの寸断が事業継続を脅かす大きなリスクとして顕在化しました。特定の国や地域への過度な依存を見直し、供給網を複線化・強靭化(レジリエンス強化)することは、もはやあらゆる製造業にとって喫緊の課題です。こうした複雑な課題に対応するには、調達、生産、物流、在庫管理といった各機能を部門横断的に統括し、迅速な意思決定を下せるリーダーが不可欠となります。

加えて、ESG(環境・社会・ガバナンス)経営への要請も、サプライチェーンの重要性を高めています。特に、CO2排出量の削減(スコープ3)や、サプライヤーにおける人権・労働環境への配慮(人権デューデリジェンス)など、自社だけでなくサプライチェーン全体での取り組みが求められるようになりました。これらを管理・監督し、企業の社会的責任を果たす上でも、サプライチェーン全体を俯瞰できる責任者の存在が重要になるのです。

日本の製造業におけるCSCOの役割

日本企業においては、「最高サプライチェーン責任者」という肩書きはまだ一般的ではないかもしれません。しかし、購買部長、生産管理部長、物流部長といった従来の役職の権限を統合・昇格させ、経営戦略と直結したサプライチェーン戦略を立案・実行する機能は、今後ますます重要になるでしょう。

日本の製造業の強みは、現場の改善活動や協力会社との緊密な連携にあります。しかしその一方で、部門間の壁(サイロ化)により、調達・生産・販売がそれぞれ部分最適に陥ってしまうケースも少なくありません。需要予測の精度が低いまま生産計画が立てられたり、在庫の偏在によって欠品や過剰在庫が発生したりといった問題は、多くの現場で聞かれる悩みではないでしょうか。

CSCO、あるいはそれに準ずる役割を担うリーダーは、こうした部門間の連携を促し、データに基づいた全体最適の視点からサプライチェーン改革を主導する役割を担います。単にモノの流れを管理するだけでなく、需要予測、生産計画、在庫最適化、物流網の設計といった一連のプロセスを経営課題として捉え、全社的な改革を推進することが求められているのです。

日本の製造業への示唆

今回のEssity社の人事から、我々日本の製造業が学ぶべき点は少なくありません。以下に、それぞれの立場からの示唆を整理します。

経営層の方々へ:
サプライチェーン管理を、コスト削減のための管理業務ではなく、企業の競争力や事業継続性を左右する「戦略機能」として再定義することが重要です。自社にサプライチェーン全体を統括し、経営に直接コミットする責任者がいるか、その権限は十分か、一度見直してみてはいかがでしょうか。必ずしもCSCOという役職を新設する必要はありませんが、その機能を誰が担うのかを明確にすることは、変化の激しい時代を乗り越える上で不可欠です。

工場長・生産技術者の方々へ:
自工場が、サプライチェーン全体のどの部分を担っているのかを常に意識することが求められます。上流であるサプライヤーからの部品供給の安定性、下流である顧客への製品納入のリードタイムなど、自工場の生産活動がサプライチェーン全体に与える影響を理解し、前後の工程と密に連携することが重要です。局所的な生産効率の追求だけでなく、サプライチェーン全体の最適化に貢献する視点を持つことが、工場運営の価値をさらに高めるでしょう。

現場リーダー・担当者の方々へ:
日々の業務においても、サプライチェーンを意識することは可能です。例えば、サプライヤーとの情報交換を密にし、供給リスクの予兆を早期に掴むこと。あるいは、営業部門と連携し、需要変動の情報をいち早く生産計画に反映させること。一つ一つの地道な改善活動が、サプライチェーン全体の強靭化に繋がります。また、デジタルツールを活用した情報の可視化や共有も、部門間の連携を円滑にする上で有効な手段です。

Essity社の一人事という小さなニュースですが、その背景には、サプライチェーンが直面する大きな構造変化があります。これを機に、自社のサプライチェーン体制を改めて見つめ直し、より強靭で競争力のある体制を構築していくことが、今後の持続的な成長の鍵となるでしょう。

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