米シアトルの著名な劇団が、州政府の認定を受けた有給の見習い制度(アプレンティスシップ)を導入しました。一見、製造業とは縁遠い演劇界の事例ですが、その根底には技能伝承の体系化と若手人材の確保という、我々にも通じる普遍的な課題が存在します。
異業種における『アプレンティスシップ』の先進事例
米ワシントン州シアトルを拠点とする劇団「Seattle Rep」が、州政府の労働産業局から正式に承認された有給のアプレンティスシップ・プログラムを開始しました。この制度は、演劇の世界でキャリアを築こうとする若者に対し、給与を得ながら実践的なスキルを学ぶ機会を提供するものです。
興味深いのは、その専門分野の多様性です。演出や照明デザイン、舞台美術といった芸術的な職域に加え、プロジェクト全体を管理する「生産管理(Production Management)」や、公演の進行を司る「舞台管理(Stage Management)」といった、まさに工場の生産管理や工程管理に通じる職務が含まれています。これは、クリエイティブな分野においても、計画、実行、管理というプロセスを担う人材の育成が極めて重要視されていることを示しています。
体系化されたOJTとしての『アプレンティスシップ』
この事例の核心は、単なるOJT(On-the-Job Training)ではなく、州が認定した「体系的な教育プログラム」であるという点にあります。アプレンティスシップは、明確な学習目標、習得すべき技能、評価基準が定められており、指導者(メンター)のもとで計画的に実務経験を積むことができます。
また、「有給」であることも重要な要素です。これにより、参加者は生活の心配をすることなく、技能習得に集中できます。企業側にとっては、これは単なるコストではなく、将来の中核人材を確保し、定着率を高めるための戦略的投資と位置づけられます。これまで無給のインターンシップなどに頼りがちだった業界が、持続可能な人材育成の仕組みへと転換を図ろうとする意志の表れと言えるでしょう。
日本の製造現場への示唆
日本の製造業においても、熟練技能者の高齢化と、若手人材の不足・定着難は喫緊の課題です。かつては「見て覚えろ」「背中を見て学べ」といった暗黙知に頼るOJTが主流でしたが、それでは技能の標準化や効率的な伝承は困難です。今回の事例は、我々が自社の人材育成の仕組みを見直す上で、いくつかの重要な視点を提供してくれます。
特に、個別作業の習熟だけでなく、生産プロセス全体を俯瞰し、改善を主導できる「生産管理」のような人材をどう育てるかは、多くの工場が抱える悩みではないでしょうか。技能の伝承を個人の資質や経験だけに委ねるのではなく、企業として体系的な育成プログラムを設計し、公的な認定制度なども活用しながら、その質を保証していく姿勢が今後ますます求められるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回の事例から、日本の製造業が実務に取り入れるべき要点と示唆を以下に整理します。
1. 技能伝承の「見える化」と体系化
自社のOJTを再評価し、指導内容や期間、達成目標を明確に定めた体系的な育成プログラムへと昇華させることが重要です。どの段階で、どのような知識・技能を、どのように教えるのか。その計画と基準を明文化することで、指導者によるばらつきを防ぎ、育成の質を担保できます。
2. 人材育成はコストではなく「未来への投資」
若手社員に給与を払いながら、一定期間を集中した育成に充てることは、短期的な視点ではコストに見えるかもしれません。しかし、これは技能の確実な伝承と、エンゲージメントの高い中核人材を育てるための不可欠な投資です。採用競争力の強化や、早期離職の防止にも繋がります。
3. 管理・監督能力の計画的な育成
個別の加工作業や組立技能だけでなく、生産計画、工程管理、品質管理といった、より上位の管理能力を育成するためのプログラムを意図的に設ける必要があります。現場リーダーや将来の工場長候補を育成するには、実務経験と並行して、体系的な知識を学ぶ機会を提供することが有効です。
4. 公的制度の活用
日本にも、厚生労働省が所管する「事業主による職業訓練」に関する認定制度や、各種助成金が存在します。こうした公的な仕組みを積極的に活用することで、自社の育成プログラムの信頼性を高めるとともに、費用負担を軽減することも可能です。異業種の事例に学び、自社の人材育成戦略を一段高い視座で見直す良い機会ではないでしょうか。


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