自動車産業は、世界経済を牽引する巨大な産業であり、そのサプライチェーンは極めて広範な製造業に影響を及ぼします。現在、この巨大産業は「100年に一度の大変革」と呼ばれる時代を迎えており、その動向を正しく理解することは、日本のすべての製造業にとって不可欠です。
巨大な経済圏を形成するグローバル産業
自動車産業は、単に完成車を製造・販売するだけでなく、鉄鋼、化学、半導体、ソフトウェア、金融、サービスといった多岐にわたる分野を巻き込む、巨大な経済圏を形成しています。世界の自動車生産台数は年間9,000万台前後に達し、その生産は中国、米国、日本、ドイツ、インドといった国々が中心となっています。近年では、グローバルな競争激化を背景に、メーカー間のM&Aやアライアンスによる業界再編が絶えず進行しており、これは完成車メーカーだけでなく、部品供給を担う我々サプライヤーにとっても無関係な話ではありません。
ピラミッド構造で支えるサプライチェーン
自動車産業の大きな特徴の一つに、その複雑で階層的なサプライチェーン構造が挙げられます。一般的に「ピラミッド構造」と呼ばれ、頂点に完成車メーカー(OEM)が位置し、その下に直接部品を供給するTier1(一次サプライヤー)、Tier1に部品を供給するTier2(二次サプライヤー)、さらにその下へと続いていきます。一台の自動車が約3万点の部品で構成されると言われるように、この裾野は非常に広く、中小企業を含む多くの製造業が関わっています。この構造は、効率的な生産と厳格な品質管理を可能にしてきましたが、一方で近年の地政学リスクや自然災害に対しては、サプライチェーンの脆弱性という課題も浮き彫りにしています。
生産方式の進化と日本の貢献
自動車産業の歴史は、生産方式の革新の歴史でもあります。20世紀初頭のフォード・モーターによるベルトコンベア式の大量生産は、製造業のあり方を一変させました。そして、その後に世界の製造業の規範となったのが、日本のトヨタ生産方式(TPS)です。「ジャストインタイム」や「自働化」を二本柱とするこの方式は、徹底的な無駄の排除と品質の作り込みを両立させ、「リーン生産方式」として世界中の工場で学ばれ、実践されています。これは日本の製造業が世界に誇るべき資産であり、我々の現場力の源泉とも言えるでしょう。
「CASE」がもたらす構造変革の波
今、自動車産業は「CASE」(Connected: コネクテッド、Autonomous: 自動運転、Shared & Services: シェアリング/サービス、Electric: 電動化)という四つの大きな技術革新の波に直面しています。特に電動化(EVシフト)は、従来の産業構造を根底から覆す可能性を秘めています。エンジンやトランスミッションといった内燃機関の主要部品が、モーターやバッテリー、インバーターに置き換わることで、必要とされる部品点数が大幅に減少し、サプライチェーンの構造が大きく変化します。これにより、従来のエンジン部品メーカーは事業転換を迫られる一方、電機・電子部品メーカーやバッテリーメーカー、さらにはソフトウェア企業といった新たなプレイヤーの重要性が飛躍的に高まっています。これは、従来の系列や取引関係が通用しなくなる時代の到来を意味します。
日本の製造業への示唆
自動車産業の大きな変化は、日本の製造業全体にとって重要な示唆を与えてくれます。我々が今後取り組むべき課題を、以下のように整理することができます。
・事業領域の再定義と技術の棚卸し: EV化や自動運転の進展により、既存の製品や技術が将来も必要とされるとは限りません。自社のコア技術が、変化する自動車産業のどの部分に貢献できるのか、あるいは自動車以外の分野に応用できないかを冷静に分析し、事業の再定義を進める必要があります。
・サプライチェーンの柔軟性と強靭化: 従来の固定的な取引関係だけでなく、新たな技術を持つ国内外の企業との連携を模索することが不可欠です。同時に、地政学リスクや災害に備え、サプライチェーンの複数拠点化や代替調達先の確保といった強靭化(レジリエンス)の視点が、これまで以上に重要になります。
・人材育成と新たなスキルの獲得: 自動車が「走るソフトウェア」と化す中で、メカニカルな技術だけでなく、電気・電子、ソフトウェア、AIといった分野の知識を持つ人材の育成が急務です。社内教育の強化はもちろん、外部からの人材獲得や異業種との協業も視野に入れるべきでしょう。
・日本の強みの再認識とデジタル化の融合: トヨタ生産方式に代表される現場改善力や、高い品質管理能力は、時代が変わっても日本の製造業の競争力の源泉です。これらの強みに、IoTやAIといったデジタル技術を融合させることで、生産性をさらに高め、新たな付加価値を創出することが可能です。変革の時代だからこそ、自らの足元にある強みを再確認することが重要です。


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