韓国LSケーブル、米国に大規模投資 ― サプライチェーン再編とGXの潮流を読む

Global製造業コラム

韓国の電線大手LSケーブル&システム社が、米国バージニア州に大規模な投資を行うことを発表しました。この動きは、経済安全保障を背景としたサプライチェーンの再編と、世界的なエネルギー転換(GX)の潮流を象徴するものであり、日本の製造業にとっても重要な示唆を含んでいます。

韓国電線大手の米国への大型投資

先般、米国バージニア州知事が、韓国の電線メーカー大手であるLSケーブル&システム社による、同州への6億8900万ドル(約1000億円規模)にのぼる投資計画を発表しました。詳細はまだ明らかになっていませんが、この投資は、近年の世界的なサプライチェーンの大きな構造変化を反映した動きとして注目されます。

LSケーブル&システム社は、電力ケーブルや通信ケーブルなどを手掛けるグローバル企業です。今回の投資の背景には、米国内、特に再生可能エネルギー分野で高まる高品質な電線・ケーブルへの需要があると見られます。特に洋上風力発電に不可欠な海底ケーブルや、老朽化した送電網の近代化など、エネルギーインフラ関連の市場拡大を見据えた戦略的な一手と考えられます。

背景にある世界的な二つの潮流

今回の大型投資は、単なる一企業の海外進出という側面だけでは捉えきれません。その背景には、製造業の事業環境を大きく左右する二つの世界的な潮流が存在します。

一つは、「経済安全保障を基軸としたサプライチェーンの再編」です。米中間の対立をはじめとする地政学的な緊張の高まりを受け、各国は半導体やバッテリー、そして電力網のような基幹インフラに関わる重要物資のサプライチェーンを、国内や信頼できる友好国・同盟国内で完結させようとする動き(いわゆるフレンドショアリング)を加速させています。今回の発表でバージニア州の商務長官が「サプライチェーンの確保は、円滑な製造を確実にする以上の意味を持つ」と述べていることからも、その意図が窺えます。

もう一つは、「エネルギー転換(GX:グリーン・トランスフォーメーション)の加速」です。脱炭素化に向け、世界中で再生可能エネルギーの導入が急速に進んでいます。特に、大規模な発電が見込める洋上風力発電所の建設が相次いでおり、発電所と陸上を結ぶ長距離の海底送電ケーブルは、その成否を握る重要部材です。こうした巨大な需要を取り込むため、生産能力の増強や消費地に近い場所での拠点設置が急務となっているのです。

産業政策が企業の投資判断を後押し

こうした潮流に加え、米国の「インフレ抑制法(IRA)」に代表される強力な産業政策が、海外からの直接投資を強力に後押ししていることも見逃せません。クリーンエネルギー関連製品の米国内での生産に対し、手厚い税制優遇や補助金を付与することで、海外企業を呼び込み、国内の製造業基盤と雇用を強化する狙いです。今回のLSケーブルの投資判断においても、こうした政策的インセンティブが大きな役割を果たしたことは想像に難くありません。

日本の製造業への示唆

今回のニュースは、対岸の火事としてではなく、我々日本の製造業が直面する事業環境の変化として捉える必要があります。以下に、実務的な示唆を整理します。

1. サプライチェーンの再評価と強靭化
効率性やコスト一辺倒で構築されたサプライチェーンは、地政学リスクに対して脆弱です。特に、経済安全保障上、重要と見なされる部材や製品については、調達先の多元化や国内生産への回帰、信頼できる国・地域での生産体制の構築などを、改めて検討すべき時期に来ています。自社の製品が、顧客のサプライチェーンにおいてどのような位置づけにあるのかを再評価することも不可欠です。

2. エネルギー転換(GX)という巨大な事業機会
GXは、関連する製造業にとって、今後数十年にわたる巨大な需要を生み出します。今回の電線ケーブルだけでなく、パワー半導体、大型蓄電池、変圧器、各種センサー、制御機器など、その裾野は非常に広いものです。自社の技術や製品が、この大きな流れの中でどのような価値を提供できるのか、新たな視点で見直すことが新たな事業機会の創出に繋がります。

3. グローバルな生産体制の再構築
これまで「アジアで安く作り、欧米市場へ輸出する」というモデルが有効であった分野でも、今後は消費地での現地生産(マーケット・イン)が競争力の源泉となる可能性があります。各国の産業政策や貿易ルールを注意深く見極めながら、輸出、技術供与、現地での直接投資など、グローバルな事業展開のあり方を柔軟に再構築していく必要があります。

今回のLSケーブル社の事例は、グローバルな競争環境が、コストや品質だけでなく、地政学や国家の産業政策といった、より大きな力学によって動かされている現実を浮き彫りにしています。この変化を的確に読み解き、自社の戦略に落とし込んでいくことが、これからの製造業経営に強く求められています。

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