米国の製造業団体(NAM)の幹部が、ポッドキャスト番組「Supply Chain Now」で語った製造業の成功の要諦が注目されています。本記事では、その議論の核心であるサプライチェーン、人材、そして政策の役割について、日本の製造業の実務者の視点から解説します。
はじめに:米国製造業のトップが語る競争力の源泉
全米製造業者協会(NAM)は、米国の製造業を代表する業界団体です。その幹部がポッドキャスト番組で語った内容は、今日の製造業が直面する課題と、それに対する戦略的なアプローチを示唆しており、日本の我々にとっても多くの学びがあります。議論の中心は、強靭なサプライチェーンの構築、労働力問題、そして企業の成長を後押しする政策の重要性でした。これらは、国は違えど、日本の製造現場や経営が日々向き合っている課題と深く通底するものです。
サプライチェーン:効率性から強靭性(レジリエンス)への転換
パンデミックや地政学リスクの高まりを受け、グローバルサプライチェーンの脆弱性が浮き彫りになりました。かつてはコスト効率を最優先に最適化されてきた供給網が、今や事業継続を脅かす最大のリスク要因の一つとなっています。米国では、国内回帰(リショアリング)や近隣国への生産移管(ニアショアリング)など、サプライチェーンの再構築が活発に進められています。
これは、日本の製造業にとっても他人事ではありません。特定の国や地域に依存した調達体制のリスクを再評価し、供給元の多様化や在庫戦略の見直し、国内生産体制の再強化などを検討することが急務となっています。平時の効率性だけでなく、有事の際の供給継続性をいかに担保するかという「サプライチェーン・レジリエンス」の視点が、これからの工場運営や調達戦略の根幹をなすと言えるでしょう。
労働力と人材育成:技術革新を支える人への投資
製造業の競争力は、最新の設備や技術だけで決まるわけではありません。それを使いこなし、改善していく「人」の存在が不可欠です。米国でも熟練労働者の不足は深刻な問題となっており、次世代を担う人材の育成が大きな課題とされています。デジタル化や自動化が進むほど、新しい技術に対応できるスキルセットを持つ人材の価値は高まります。
日本においても、少子高齢化による労働力人口の減少は、製造現場にとって避けて通れない現実です。熟練技術者の技能伝承という長年の課題に加え、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するためのデジタル人材の育成も求められています。現場の自動化を進めると同時に、従業員の再教育(リスキリング)に投資し、一人ひとりの生産性を高めていくことが、持続的な成長の鍵となります。
政策の重要性:企業の努力を後押しする事業環境
NAMの幹部は、企業の成長を促進する税制や規制緩和の重要性を強調しています。これは、個々の企業の努力だけでは乗り越えられない構造的な課題に対し、政府が事業活動をしやすい環境を整えるべきだという主張です。設備投資や研究開発に対する税制優遇、あるいはイノベーションを阻害するような過度な規制の見直しは、企業の投資意欲を刺激し、国全体の産業競争力を高める上で極めて重要です。
日本の製造業もまた、グローバルな競争環境の中に置かれています。法人税率やエネルギーコスト、環境規制といった政策は、企業の立地戦略や投資判断に直接的な影響を与えます。個社での経営改善努力はもちろんのこと、業界団体などを通じて、現場の実態に即した政策提言を積極的に行っていくことも、中長期的な視点では不可欠な活動と言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回の米国の議論から、日本の製造業が学ぶべき要点は以下の3点に集約されます。
1. サプライチェーンの再評価とポートフォリオの最適化:
コスト一辺倒の調達戦略を見直し、地政学リスクや災害などを想定したBCP(事業継続計画)の観点から、供給網の強靭化を図る必要があります。特定のサプライヤーへの依存度を下げ、調達先の複数化や在庫の適正配置を進めることが実務的な第一歩となります。
2. 人への投資こそが持続的成長の基盤:
自動化・省人化は重要なテーマですが、それを補い、さらに発展させるのは「人」です。現場の技能伝承と並行して、データ活用や新技術に対応するための従業員のリスキリングに、経営資源を計画的に投下していくことが求められます。
3. 官民連携による競争環境の整備:
自社の経営努力に加え、業界全体の競争力を高めるための政策にも関心を持つことが重要です。エネルギー政策、税制、通商ルールなど、自社の事業環境に影響を与えるマクロな動きを注視し、必要に応じて業界団体等を通じて声を上げていく視点も、これからの経営層やリーダーには不可欠です。

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