海外の調査によると、サイバー攻撃の一種であるランサムウェアの被害が、特に中堅・中小規模の製造業で急増していることが明らかになりました。本記事では、その背景にある製造業特有の事情を解説し、日本の現場が取るべき現実的な対策について考察します。
なぜ製造業、特に中堅・中小企業が狙われるのか
近年のサイバー攻撃、特に身代金要求型ウイルスである「ランサムウェア」の主な標的が、製造業へとシフトしているという指摘がなされています。中でも、大企業と比較してセキュリティ対策が手薄になりがちな中堅・中小企業(SMBs)が、攻撃者にとって格好の標的となっているのが実情です。この背景には、いくつかの製造業特有の理由が存在します。
一つは、サプライチェーンにおける役割です。多くの中堅・中小製造業は、大手企業のサプライチェーンに深く組み込まれています。攻撃者は、まずセキュリティの比較的脆弱な取引先を侵害し、そこを踏み台として本来の標的である大手企業への侵入を試みることがあります。自社が直接の標的でなくとも、サプライチェーンの「弱点」として狙われるリスクが常にあるのです。
また、「うちは狙われるような重要な情報はない」という思い込みも危険です。攻撃者の目的は、機密情報の窃取だけではありません。工場の操業を停止させ、事業継続を人質に取ることで身代金を要求することにあります。生産ラインが止まれば甚大な被害が出ることを、攻撃者は熟知しているのです。
ランサムウェアが製造現場に及ぼす深刻な影響
ランサムウェアの被害は、単なる情報漏洩やシステムの停止にとどまりません。特に製造業においては、その影響はより深刻かつ広範囲に及びます。
最も直接的な被害は、生産ラインの停止です。工場の生産管理システム(MES)や、生産設備を制御するOT(Operational Technology)システムが暗号化されれば、生産活動は完全に麻痺します。これにより、莫大な機会損失が発生するだけでなく、顧客への納期遅延という形で信用問題にも直結します。特にジャストインタイム(JIT)のように緊密に連携したサプライチェーンでは、一社の生産停止が川上から川下まで、連鎖的な影響を及ぼす可能性があります。
さらに、品質管理データや設計図面といった知的財産が外部に流出するリスクも看過できません。これは企業の競争力を根幹から揺るがす事態であり、取引先からの信頼を失うことにも繋がります。
求められる現実的な対策
専門のIT部門を持たない企業も多い中で、何から手をつけるべきか、という点は切実な課題でしょう。しかし、すべての対策を一度に行う必要はありません。まずは基本的な対策を確実に実施することが重要です。
具体的には、OSやソフトウェアを常に最新の状態に保つこと、不審なメールや添付ファイルを開かないといった従業員教育の徹底、そして重要なデータの定期的なバックアップです。特にバックアップは、ネットワークから切り離した場所(オフライン)に保管することが、万一の際の迅速な復旧に不可欠です。
また、製造業としては、情報システム部門(IT)だけでなく、工場現場の制御システム(OT)のセキュリティにも目を向ける必要があります。例えば、工場のネットワークを事務系のネットワークから物理的または論理的に分離することや、保守作業で使うUSBメモリの管理を徹底するといった対策は、比較的着手しやすい有効な手段です。
重要なのは、サイバーセキュリティをIT担当者任せの課題ではなく、経営層が主導する事業継続に関わる経営課題として捉えることです。自社の事業にとって何が最も守るべき資産なのかを明確にし、リスクに応じた優先順位をつけて対策を進めていく姿勢が求められます。
日本の製造業への示唆
今回の報告は、日本の製造業にとっても決して対岸の火事ではありません。むしろ、系列取引やサプライチェーンが緊密に構築されている日本の産業構造は、同様のリスクを抱えていると言えます。本件から得られる実務的な示唆を以下に整理します。
- 「自社も標的である」という認識を持つこと: 企業規模の大小にかかわらず、すべての製造業が攻撃者の標的になり得ます。「うちは大丈夫」という考えを捨て、自社のセキュリティ体制を客観的に見直すことが第一歩です。
- サプライチェーン全体でのリスク評価: 自社だけでなく、取引先や委託先のセキュリティ対策状況にも関心を持つ必要があります。自社が加害者にならないため、また被害を受けないためにも、サプライチェーン全体でセキュリティレベルの向上を図る視点が重要です。
- ITとOTの両面からの対策: サイバー攻撃は、オフィスのパソコンだけでなく、工場の生産設備にも及びます。情報システム部門と製造・生産技術部門が連携し、工場特有のリスクを洗い出し、対策を講じることが不可欠です。
- インシデント発生を前提とした準備: 100%の防御は不可能です。万が一、攻撃を受けた場合にどう事業を継続・復旧させるかという事業継続計画(BCP)の観点から、対応手順の策定や定期的な訓練を行うことが、被害を最小限に抑える鍵となります。


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