米国国務省が主導する新たな戦略構想「パックス・シリカ（Pax Silica）」が明らかになりました。これは、重要鉱物から最終製品に至るまで、安全で強靭な半導体サプライチェーンを同盟国・友好国と共に構築しようとするものです。日本の製造業、特に半導体関連産業にとって、この動きの意味するところを実務的な視点から解説します。
「パックス・シリカ」構想の概要
「パックス・シリカ」とは、「シリコンによる平和」を意味する言葉であり、かつての「パックス・ロマーナ（ローマによる平和）」になぞらえた名称です。この名称からも、本構想が単なる産業政策ではなく、半導体の安定供給を基盤とした経済的・地政学的な安定を目指す、米国の強い戦略的意図が読み取れます。その目的は、安全で、繁栄し、イノベーションを牽引するシリコンサプライチェーンを構築することにあります。地政学的な緊張が高まる中、特定の国や地域への過度な依存から脱却し、サプライチェーンの脆弱性を解消することが喫緊の課題であるという認識が背景にあるものと考えられます。
サプライチェーン全体を視野に入れた包括的アプローチ
本構想の特徴は、その対象範囲がサプライチェーン全体に及んでいる点です。元記事の断片情報にある「重要鉱物から（from critical minerals and…）」という記述は、半導体の原材料であるシリコンの原料となる珪石などの採掘・精錬といった最上流のプロセスから、設計、ウェハー製造、前工程・後工程、そして最終製品への組み込みまで、一気通貫で供給網の強靭化を図ることを示唆しています。これは、これまで各工程が経済合理性に基づいてグローバルに分散してきたサプライチェーンのあり方を、安全保障の観点から見直す大きな転換点と言えるでしょう。日本の製造業は、シリコンウェハーやフォトレジストといった素材分野、あるいは各種製造装置において世界的に高い競争力を持っています。この構想の中で、日本の得意分野がどのように位置づけられ、どのような役割を期待されるのかを注視する必要があります。
同盟国・友好国との連携を前提とした枠組み
「パックス・シリカ」は米国単独で完結するものではなく、日本や欧州、韓国、台湾といった同盟国・友好国との連携を大前提としています。それぞれの国や地域が持つ強み、例えば設計、素材、装置、製造、パッケージングといった各分野での技術力や生産能力を結集し、相互補完的な関係を築くことで、安定的で信頼性の高いサプライチェーンを構築することを目指していると見られます。これは、日本の製造業にとっては大きな事業機会となり得ます。一方で、国際的な分業体制の中で自社の立ち位置を明確にし、競争力を維持・強化していくための不断の努力が求められることも意味します。自社の技術がこの新たな枠組みの中で不可欠な存在であり続けるための戦略的な投資や研究開発が、これまで以上に重要になるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回の「パックス・シリカ」構想は、日本の製造業、特に半導体関連分野に携わる我々にとって、無視できない大きな潮流です。以下に、実務上の要点と示唆を整理します。
1. サプライチェーンにおける地政学リスクの織り込み:
今後の設備投資や調達先の選定、生産拠点の配置といった意思決定において、従来のコストや品質、納期といった指標に加え、地政学的な安定性や安全保障という観点を明確に組み込む必要があります。サプライチェーンの複線化や、信頼できるパートナー国・地域内での生産・調達比率を高める「フレンドショアリング」の動きが加速するでしょう。
2. 自社のコア技術・強みの再評価と集中投資:
国際的な分業体制が進む中で、自社がサプライチェーンのどの部分で価値を提供できるのか、その強みは何かを改めて見極めることが重要です。素材、製造装置、特定の加工技術など、他社が容易に模倣できない「代替不可能な存在」となるべく、研究開発や人材育成への集中投資が求められます。
3. 政府・業界団体との連携と情報収集の強化:
この構想は国家間の戦略的な枠組みであるため、一企業の努力だけで対応するには限界があります。政府の政策動向や補助金、国際的な共同研究開発プロジェクトなどの情報を迅速かつ正確に把握し、活用していくことが不可欠です。業界団体などを通じた情報交換や連携も、これまで以上に重要となります。
4. 技術継承と次世代人材の育成:
日本の製造業が持つ優れた技術を、この新たな国際秩序の中で活かし続けるためには、技術の継承と、グローバルな視点を持つ次世代の技術者やリーダーの育成が急務です。短期的な視点だけでなく、10年、20年先を見据えた人材戦略を構築していく必要があります。
コメント