米国の大手製造業団体は、国が主導する統一的なAI戦略を強く支持する声明を発表しました。州ごとに規制が乱立する「パッチワーク」状態を避け、国全体の競争力を高めるべきという主張は、日本の製造業にとっても重要な示唆を含んでいます。
背景:全米製造業者協会(NAM)の声明
先日、米国の製造業を代表する団体である全米製造業者協会(NAM)は、当時のトランプ政権が発表したAI(人工知能)に関する大統領令を支持する声明を発表しました。この声明の中で特に注目すべきは、AIに関する規制が州ごとにバラバラになる「50州のパッチワーク」状態を避け、国として統一されたアプローチを採ることの重要性を強調している点です。
なぜ「統一されたアプローチ」が重要なのか
米国は連邦国家であり、州ごとに法律や規制が大きく異なる場合があります。新しい技術分野において、各州が独自の規制を導入し始めると、企業活動に大きな制約が生じます。例えば、ある州では認められているデータの収集・利用方法が、隣の州では禁止されている、といった事態です。このような状況は、複数の州にまたがって工場やサプライチェーンを展開する製造業にとって、深刻な問題を引き起こします。
州ごとに異なる規制に対応するためには、製品の仕様や業務プロセスを各州に合わせて変更する必要が生じ、コンプライアンス・コストが大幅に増大します。これは、研究開発や設備投資に振り向けるべき経営資源を消耗させるだけでなく、技術革新のスピードを著しく鈍化させる要因となります。NAMは、このような国内の規制の断片化が、結果としてAI分野における米国の国際競争力を削ぐことになると警鐘を鳴らしているのです。
製造現場におけるAI活用と規制の関連性
今日の製造業において、AIはもはや特別な技術ではありません。スマートファクトリー化の推進において、生産設備の予知保全、画像認識による外観検査の自動化、サプライチェーンの最適化など、あらゆる場面でAIの活用が不可欠となっています。これらのAI技術の性能を最大限に引き出すためには、工場内外の様々な機器やシステムから得られる膨大なデータを、円滑に収集・連携させることが大前提となります。
しかし、もしデータの取り扱いやAIの安全性に関するルールが拠点ごとに異なればどうなるでしょうか。工場間でのデータ共有が滞り、サプライヤーとの連携も困難になります。結果として、AI導入による生産性向上のポテンシャルを十分に引き出すことができなくなります。製造業が国全体の統一的なAI戦略を求める背景には、こうした現場レベルでの実務的な課題が横たわっているのです。
日本の製造業への示唆
今回の米国の動きは、日本の製造業にとっても他人事ではありません。ここから得られる実務的な示唆を以下に整理します。
1. 官民連携によるルール形成の重要性
AIやIoTといった先端技術を社会実装し、産業競争力に繋げるためには、技術開発だけでなく、それを支えるルールやガイドラインの整備が不可欠です。米国製造業が政府に対して統一的な方針を強く求めているように、日本においても産業界が一体となり、政府と連携しながら、実態に即した一貫性のあるルールを形成していく視点が重要になります。
2. グローバル競争における「規制」という側面
国際競争は、技術や製品の優劣だけで決まるものではありません。それを支える法規制や標準化といった「ルール形成」もまた、競争の重要な一側面です。国内の規制が過度に複雑化・細分化することは、知らず知らずのうちに自国企業の足かせとなり、グローバル市場での競争力を損なう可能性があります。特に欧州のGDPRやAI Actなど、海外の規制動向を常に注視し、自社の事業戦略に反映させる必要があります。
3. データ活用のための環境整備
製造業のデジタルトランスフォーメーション(DX)の成否は、データをいかに効果的に活用できるかにかかっています。企業内、ひいてはサプライチェーン全体で円滑なデータ連携を実現するためには、技術基盤の構築と並行して、データの取り扱いに関する標準化や法整備といった環境を整えることが極めて重要です。自社の取り組みを進めると同時に、業界団体などを通じて政策提言に関与していくことも、将来の事業環境を自ら作る上で有効な手段と言えるでしょう。

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