欧州宇宙機関(ESA)が、ロケット部品という極めて高い信頼性が求められる製品の製造において、AIを活用した品質管理の高度化を進めています。本稿では、その具体的な3つのプロジェクトを紹介し、日本の製造業が学ぶべき実務的な示唆を考察します。
はじめに:なぜ宇宙産業でAI活用が進むのか
ロケットや人工衛星などの宇宙輸送システムは、その部品一つひとつに極限の品質と信頼性が求められます。一方で、国際的な競争の激化により、製造コストの削減と開発・生産リードタイムの短縮は避けて通れない課題となっています。こうした背景から、欧州宇宙機関(ESA)は、従来の製造プロセスや品質保証のあり方を抜本的に見直す手段として、AIをはじめとするデジタル技術の活用を積極的に推進しています。彼らの取り組みは、最先端分野に限らず、多くの製造現場が抱える課題解決のヒントとなるものです。
事例1:摩擦攪拌接合(FSW)におけるリアルタイム品質保証
一つ目のプロジェクトは、ロケットの燃料タンク製造などに用いられる「摩擦攪拌接合(FSW)」という技術にAIを適用するものです。FSWは、材料を溶かさずに攪拌して接合する固相接合の一種で、高品質な接合が可能な反面、その品質保証は接合後のX線検査などに頼らざるを得ず、時間とコストを要することが課題でした。
このプロジェクトでは、接合中のツールにかかる力、トルク、温度といったセンサーデータをリアルタイムで収集し、AIが解析します。AIは、過去の膨大な良品・不良品のデータを学習しており、現在の接合が正常範囲内にあるかを即座に判断します。これにより、後工程の検査を待たずして、プロセス内で品質を保証することを目指しています。これは、日本の製造現場で重視される「品質は工程で作り込む」という思想を、データとAIによって高度化した事例と言えるでしょう。
事例2:複合材製造における欠陥予測
二つ目のプロジェクトは、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)に代表される複合材部品の製造プロセスが対象です。複合材は軽量かつ高強度である一方、積層や硬化といった工程は温度・湿度などの環境要因に影響されやすく、内部欠陥が発生しやすいという特性があります。
この取り組みでは、製造工程中の様々な環境データやプロセスデータをAIが監視し、最終製品に欠陥が発生する確率を事前に予測します。例えば、硬化炉内の温度分布のわずかな変化を捉え、「このままでは接着不良が起きる可能性がある」といった警告を発します。これにより、問題が顕在化する前に作業者が介入し、不良品の発生を未然に防ぐことが可能になります。これは、歩留まりの向上と手戻り工数の削減に直結する、非常に実用的なアプローチです。
事例3:製造ライン全体を俯瞰する品質管理の最適化
三つ目のプロジェクトは、より広い視野に立った取り組みです。個別の工程だけでなく、サプライチェーンから納入される部品や、複数の工程にまたがる組み立てライン全体を対象に、AIを用いて品質管理を最適化しようというものです。
各工程に設置されたセンサーや検査装置から得られるデータを統合的に分析し、品質低下の予兆や根本原因を早期に特定します。例えば、「あるサプライヤーから納入された特定ロットの材料を使った製品は、後工程での寸法ばらつきが大きい」といった、人間では気づきにくい相関関係をAIが見つけ出します。個別の工程改善にとどまらず、製造プロセス全体の最適化を目指すこのアプローチは、スマートファクトリー化のひとつの理想形を示しています。
日本の製造業への示唆
ESAの先進的な取り組みは、日本の製造業にとっても多くの示唆を与えてくれます。以下に要点を整理します。
1. 後工程検査からインプロセス品質保証への転換
AIとセンサー技術を組み合わせることで、製造中に品質を作り込む「源流管理」がデータドリブンで実現可能になります。これは検査コストの削減だけでなく、手戻りの削減によるリードタイム短縮にも大きく貢献します。溶接、塗装、熱処理といった後戻りできない重要工程での応用が期待されます。
2. 暗黙知の形式知化と技術伝承
熟練技能者が無意識に行っている判断やプロセスの機微を、センサーデータを通じて形式知化し、AIに学習させることができます。これは、多くの現場が直面する技能伝承問題に対する、有効な解決策となり得ます。ベテランの「勘と経験」をデータとして次世代に残す試みと言えるでしょう。
3. データ収集基盤の重要性
これらのAI活用は、信頼できるデータを継続的に収集できる基盤があって初めて成り立ちます。重要なのは、やみくもにデータを集めるのではなく、「品質に影響を与える因子は何か」という仮説に基づき、収集するデータを定義するプロセスです。既存設備へのセンサーの後付けなど、まずはスモールスタートでデータ活用の文化を醸成することが現実的です。
4. 特定工程から全体最適へ
ESAの事例が示すように、まずは課題が明確な特定の工程(ボトルネックや不良多発工程)からAI活用を始め、効果を検証しながら適用範囲を広げていくアプローチが有効です。小さな成功体験を積み重ねることが、全社的なデジタルトランスフォーメーションへの着実な一歩となります。


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