USMCA(新NAFTA)の2026年見直しに向けた動きと、日本の製造業への影響

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2026年に重要な見直しを迎えるUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)について、米国の業界団体から具体的な改訂要求が出始めています。特に自動車の原産地規則など、北米に拠点を持つ日本の製造業にとっても他人事ではない、その動向と実務的な影響を解説します。

USMCAとは:北米サプライチェーンの礎

USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)は、NAFTA(北米自由貿易協定)に代わり2020年7月に発効した、北米3カ国の貿易ルールを定める協定です。自動車産業をはじめ、多くの日本の製造業もこの協定を前提として、メキシコでの生産・米国への輸出といったサプライチェーンを構築しており、その事業運営の根幹をなす重要な枠組みとなっています。

この協定の大きな特徴の一つに、発効から6年ごとに3カ国で見直しを行い、協定を延長するかどうかを判断する「サンセット条項」が盛り込まれている点があります。最初の見直しが2026年に迫っており、その動向が注目されています。

2026年レビューに向けた米業界の要求

協定の見直しを前に、米国の自動車業界や消費者ブランド協会などの主要な業界団体が、米国通商代表部(USTR)に対して意見を提出し始めています。各団体は、USMCAが北米のサプライチェーンに安定性と予測可能性をもたらしている点を評価しており、協定の基本的な枠組みを維持することを望んでいます。しかし同時に、発効からの数年間で明らかになった課題や、経済・技術の変化に対応するための改訂も求めています。

多くの団体が求めているのは、協定全体を交渉し直すような大規模な変更ではなく、特定分野の問題点を修正する「外科手術的」なアプローチです。これは、大規模な再交渉が新たな不確実性を生み、サプライチェーンの混乱を招くことを懸念しているためと考えられます。安定した事業環境を維持しつつ、現実的な課題を解決したいという実務的な思惑がうかがえます。

最大の焦点:自動車原産地規則の見直し

日本の製造業にとって最も影響が大きい論点が、自動車の原産地規則(Rules of Origin: ROO)です。USMCAでは、NAFTA時代よりも乗用車の域内原産割合(RVC)が62.5%から75%に引き上げられたほか、時給16ドル以上の地域で生産された部品の活用を義務付ける労働価値含有率(LVC)が導入されるなど、規則が大幅に厳格化されました。

この厳格な規則は、多くの自動車・部品メーカーにとって、サプライヤーの再選定や調達網の見直しを迫る大きな負担となっています。さらに、電気自動車(EV)への移行が急速に進む中で、現行の規則が実態に合わなくなりつつあるという問題も指摘されています。EVの心臓部であるバッテリーやモーターなどの主要部品はアジアからの供給に依存しているケースが多く、高い域内原産割合を満たすことが内燃機関車以上に困難になっています。そのため、業界団体からはEVシフトの現実を反映した、より柔軟で実現可能な原産地規則への改訂を求める声が強く上がっています。

労務、デジタル貿易など他の論点

自動車分野以外にも、いくつかの重要な論点が挙げられています。

一つは、メキシコの労働者の権利保護を目的とした「ラピッド・レスポンス・メカニズム(迅速対応労働メカニズム)」です。これは、メキシコの工場で労働者の結社の自由や団体交渉権が侵害された疑いがある場合、米国が迅速に調査し、問題が認められればその工場からの輸入品に関税を課すなどの対抗措置をとれる制度です。このメカニズムの運用について、より透明性や公平性を確保すべきだという意見が出ています。メキシコに生産拠点を持つ企業にとっては、労務管理が直接的な通商リスクに繋がることを意味します。

また、協定発効後も進展著しいAIなどの新技術に対応するため、デジタル貿易に関する規定を更新すべきだという要望もあります。加えて、国境を越える電子商取引(eコマース)を円滑にするため、カナダにおける少額貨物の免税措置(デミニミス)の基準額を引き上げるべきだという声も上がっています。

日本の製造業への示唆

今回の米業界団体の動きは、2026年のUSMCA見直しに向けた議論の方向性を示すものであり、北米で事業を展開する日本の製造業にとって重要な意味を持ちます。

1. 北米サプライチェーンの再点検

自動車の原産地規則が、今後の見直しでさらに変更される可能性は否定できません。特に自動車関連メーカーは、現在の部品調達網がUSMCAの複雑な規則を完全に満たしているか、また将来のEV生産にシフトした場合にどのようなリスクや課題が生じるかを、この機会に再評価しておくことが賢明です。

2. 投資計画への影響

協定の先行きに関する不確実性は、工場の新設や増強といった北米での長期的な設備投資計画に影響を及ぼします。2026年のレビューが無事に延長で合意されるのか、あるいは大きな変更が加えられるのか、その動向を注意深く見守り、複数のシナリオを想定した事業計画を準備しておくことが求められます。

3. 労務管理リスクの認識

メキシコに生産拠点を置く企業は、現地の労務管理が協定違反と見なされ、米国市場へのアクセスが制限されるリスクがあることを改めて認識する必要があります。現地の労働関連法規の遵守はもちろんのこと、従業員との良好なコミュニケーションを通じて、健全な労使関係を構築する努力がこれまで以上に重要になります。

4. 情報収集の継続

USMCAを巡る議論は、今後の米国の通商政策や政権の動向にも大きく左右されます。自社が加盟する業界団体や取引先、現地の法律事務所などを通じて、交渉の進捗に関する最新の情報を継続的に入手し、自社の事業への具体的な影響を分析し続けることが不可欠です。静かに、しかし着実に進むルールの変化に乗り遅れないための備えが重要となります。

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