世界三大耐久レースの一つであるデイトナ24時間レース。その事前テスト「Roar before the 24」は、各自動車メーカーが投入する新型プロトタイプレーシングカーの技術力を占う重要な機会です。本稿では、モータースポーツという極限の環境が、日本の製造業、特に自動車関連技術の開発にどのような示唆を与えるのかを解説します。
モータースポーツは「走る実験室」
先日、米国フロリダ州のデイトナ・インターナショナル・スピードウェイにて、IMSAウェザーテック・スポーツカー選手権の開幕戦「デイトナ24時間レース」に向けた公式テストセッション、通称「Roar before the 24」が開催されました。このテストには、最高峰クラスであるGTP(グランド・ツーリング・プロトタイプ)に参戦する各自動車メーカーが顔を揃え、本番さながらの緊張感の中でマシンの習熟と性能確認を進めました。BMWやキャデラックといったメーカーが上位タイムを記録するなど、勢力図が徐々に見え始めています。
我々製造業に携わる者にとって、こうしたモータースポーツの現場は、単なるスポーツイベント以上の意味を持ちます。それは、次世代の量産車技術を先行開発し、その信頼性と耐久性を極限状態で試す「走る実験室」に他ならないからです。
共通規格の上で競う「技術の差別化」
現在のGTPクラスの車両は、シャシーやバッテリー、モーターといったハイブリッドシステムの主要コンポーネントが指定されたサプライヤーから供給される「LMDh(ル・マン・デイトナ・h)」規定に基づいています。これは、開発コストを抑制しつつ、多くのメーカーの参入を促すための仕組みです。しかし、エンジンは各メーカーが独自に開発したものを搭載し、空力デザインや制御ソフトウェアにも独自の工夫を凝らすことが許されています。
これは、現代の製造業における製品開発の構図とよく似ています。標準化されたプラットフォームや共通部品を活用しながら、自社のコア技術(この場合はエンジンや制御技術)でいかに製品の付加価値を高め、他社との差別化を図るか。レースの現場では、まさにその熾烈な競争が繰り広げられているのです。テストセッションで各車が記録するラップタイムの差は、そうした技術的工夫の積み重ねの結果と言えるでしょう。
データ駆動型のアジャイルな開発プロセス
テストセッションでは、各チームが精力的に周回を重ね、膨大な走行データを収集します。センサーから得られる車両の状態、タイヤの摩耗、ドライバーの操作といったデータをリアルタイムで解析し、セッティングの変更や戦略の立案に即座に反映させていきます。問題が発生すれば、ピットで迅速に原因を究明し、対策を講じなければなりません。
このようなデータに基づいた迅速な意思決定と改善のサイクルは、工場の生産性向上や品質管理で我々が日々取り組んでいる「PDCAサイクル」や、近年注目されるアジャイル開発の手法そのものです。限られた時間とリソースの中で最大限の成果を出すために、現場でのデータ活用と、それに基づく迅速な判断・実行がいかに重要であるかを、レースの現場は示唆しています。
日本の製造業への示唆
今回のデイトナ24時間レースの事前テストから、我々日本の製造業が学ぶべき点は少なくありません。以下に要点を整理します。
1. 極限環境を想定した技術開発と信頼性評価:
24時間という長丁場を全開走行で走り切るためには、個々の部品の品質はもちろん、システム全体の信頼性が極めて重要になります。これは、市場での長期的な製品信頼性を保証するための開発プロセスに通じるものがあります。自社の製品が使用される最も過酷な環境を想定し、それを乗り越える技術力と品質を追求する姿勢は、すべての製造業にとって不可欠です。
2. 標準化と独自技術の戦略的両立:
共通部品やプラットフォームを効果的に活用し、開発・生産コストを最適化する一方で、自社の強みが生きる領域にリソースを集中投下し、製品の魅力を最大化する。GTPクラスの車両開発は、この「選択と集中」の好例です。自社のコアコンピタンスは何かを常に見極め、磨き続けることが競争優位の源泉となります。
3. 現場データに基づく迅速な改善サイクル:
レース現場のように、製造現場でもリアルタイムのデータを収集・活用し、改善のスピードを上げる取り組みが求められます。IoT技術などを活用して生産ラインの「見える化」を進め、問題の早期発見と迅速な対策に繋げることで、品質と生産性の向上を両立させることが可能です。
4. サプライヤーとの強固なパートナーシップ:
GTPの車両は、自動車メーカーだけでなく、シャシーコンストラクターや部品サプライヤーなど、多くのパートナー企業との連携によって成り立っています。複雑化・高度化する製品開発において、自社単独で全てを賄うことは困難です。信頼できるパートナーと強固なサプライチェーンを構築し、エコシステム全体で価値を創造していく視点が、今後ますます重要になるでしょう。


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