AIによる技能伝承プラットフォーム、医薬品製造のコンプライアンス強化へ – DeepHow社「PharmaCloud」発表に学ぶ

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AIを活用した技能伝承ソリューションを提供する米DeepHow社が、新たに医薬品製造業界に特化したサービス「PharmaCloud」を発表しました。この動きは、厳格な規制と技術革新の両立が求められる日本の製造業、特に品質保証や技能伝承に課題を抱える現場にとって、重要な示唆を含んでいます。

医薬品製造における「革新」と「コンプライアンス」の両立という課題

医薬品や医療機器の製造現場では、製品の安全性と有効性を保証するため、極めて厳格な規制が課せられています。代表的なものに、米国食品医薬品局(FDA)が定める電子記録・電子署名に関する規則「21 CFR Part 11」があり、製造記録の信頼性やトレーサビリティを担保するための詳細な要件が定められています。こうした規制遵守は最優先事項である一方、生産性向上や技能伝承を目的とした新しいデジタル技術の導入を躊躇させる一因ともなってきました。これは、日本のGMP省令下にある医薬品業界はもちろん、同様に高い品質保証レベルが求められる食品、自動車、航空宇宙などの分野においても共通する、根深い課題と言えるでしょう。

AIが熟練者の動きを捉え、標準作業手順書を自動生成

DeepHow社が提供するプラットフォームの核となるのは、AIを活用した作業手順のデジタル化技術です。熟練作業者が行う作業の様子をスマートフォンなどで撮影するだけで、AIが映像を解析し、重要な工程を自動で抽出。ステップごとの指示が、ビデオクリップとテキストで構成された「デジタル作業指示書」として生成されます。このプロセスは、これまで現場のリーダーや技術者が多大な工数をかけて行っていた作業標準書の作成を、大幅に効率化する可能性を秘めています。

日本の製造現場においても、紙の手順書では伝わりにくい「勘」や「コツ」といった暗黙知の継承は、長年の課題です。ビデオをベースにした直感的な手順書は、若手作業者や外国人労働者にとっても理解しやすく、教育・訓練の効果を高めることが期待されます。また、多言語への自動翻訳機能も備えており、多様な人材が働く現代の工場運営において実用的な解決策となり得ます。

訓練から実行、検証までを一気通貫で支援する「PharmaCloud」

今回発表された「PharmaCloud」は、単なる手順書作成ツールにとどまりません。作業者はプラットフォーム上で訓練を受け、実際の作業時にはタブレット端末などで指示を確認しながら業務を遂行します。そして、このソリューションの最も特徴的な点は「検証」機能にあります。作業者が正しく手順を実施したかどうかの証拠として、ビデオや写真、チェックリストへの入力といった記録がシステム上に保存されます。さらに、AIが作業者のパフォーマンスを分析・評価し、スキルギャップを可視化することも可能です。

この「作業の実行記録」は、品質保証の観点から極めて重要です。誰が、いつ、どの手順を、どのように実行したかが客観的なデータとして残るため、監査対応が容易になるだけでなく、万が一の品質問題発生時にも迅速な原因究明に繋がります。これは、日本の現場で重視される「なぜなぜ分析」や逸脱管理を、よりデータドリブンで高度なものへと進化させる可能性を示唆しています。

規制対応を強化した医薬品業界特化の機能

PharmaCloudが医薬品業界に特化している最大の理由は、前述のFDA 21 CFR Part 11への準拠を前提として設計されている点です。電子署名、役割ベースのアクセス制御、そして変更履歴をすべて記録する監査証跡(オーディットトレイル)といった機能を標準で搭載しています。これにより、製造記録の完全性と信頼性を担保し、規制当局の要求に応えることができます。単に業務をデジタル化するだけでなく、「信頼性が保証されたデジタル化」を実現している点が、規制産業向けのソリューションとして重要なポイントです。

日本の製造業への示唆

今回のDeepHow社の発表は、日本の製造業にとってもいくつかの重要な示唆を与えてくれます。

1. 熟練技能の形式知化と継承
人手不足とベテラン層の高齢化が深刻化する中、属人化しがちな熟練技能をいかに効率的に次世代へ継承するかは、あらゆる製造業にとって喫緊の課題です。ビデオとAIを活用して暗黙知を形式知化するアプローチは、従来のOJTや紙媒体の限界を超える一つの有効な手段となり得ます。

2. 品質保証とトレーサビリティの高度化
作業の「結果」だけでなく「プロセス」そのものをデジタルデータとして記録・検証する仕組みは、品質保証のレベルを一段階引き上げます。ヒューマンエラーの未然防止や根本原因の特定に繋がり、顧客からの高い品質要求に応えるための強力な武器となり得るでしょう。

3. 多様な人材の即戦力化と教育担当者の負荷軽減
直感的で分かりやすいデジタル手順書は、経験の浅い作業者や言語の壁がある外国人労働者の早期戦力化を促進します。これは、現場でOJTを担当するリーダーや先輩社員の教育負担を軽減し、本来の改善活動などに時間を割く余裕を生み出すことにも繋がります。

4. 「コンプライアンス・バイ・デザイン」の実現
規制や品質基準への対応を、後付けのチェックや書類作成で行うのではなく、業務プロセスそのものに組み込むという考え方が重要性を増しています。PharmaCloudのようなソリューションは、作業の実行とコンプライアンス遵守を一体化させるものであり、今後のスマートファクトリーにおける品質管理の一つの方向性を示していると言えるでしょう。

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