フィットネス事業を展開するPeloton社の求人情報には、我々が慣れ親しんだ「生産管理」とは少し異なる役割が記されています。本記事では、サービスやコンテンツ業界における「プロダクションマネジメント」の考え方を紐解き、日本の製造業がそこから何を学べるのかを考察します。
製造業とは異なる「プロダクション」の定義
先日、コネクテッドフィットネス(インターネット接続型フィットネス機器)で知られる米Peloton社の求人情報が目に留まりました。職種は「プロダクションマネージャー」。我々製造業の人間にとって、「プロダクションマネジメント(生産管理)」は工場のQCD(品質・コスト・納期)を司る極めて重要な役割です。しかし、その求人内容を詳しく見ると、求められる業務は我々の想定とは少し異なっていました。
同社の「プロダクション」が指すのは、工場の生産ラインではなく、スタジオで撮影されるフィットネスクラスや、それに付随する映像・音楽などのデジタルコンテンツの「制作」です。つまり、ここでのプロダクションマネージャーは、物理的なモノを作るのではなく、顧客が利用するサービスや体験という無形の価値を創り出すプロセスの管理者なのです。この事実は、同じ「生産管理」という言葉でも、業界によってその対象や目的が大きく異なることを示唆しています。
エンドツーエンドで管理される顧客体験
求人情報には、「多様なプロダクションのライフサイクルをエンドツーエンドで監督する」という記述があります。これは、コンテンツの企画立案から、撮影、編集、そして最終的に顧客に配信されるまでの一連のプロセス全体に責任を持つことを意味します。製造業で言えば、製品の企画開発から、生産準備、量産、そして顧客への納品、さらにはアフターサービスまでを一貫して管理するようなイメージに近いかもしれません。
彼らが管理する対象の最終的なゴールは、高品質な「顧客体験(UX)」を一貫して創出し、提供し続けることです。単に映像コンテンツを時間通りに、予算内で作るだけでなく、顧客のエンゲージメントを高め、満足度を最大化することが求められます。これは、定められた仕様の製品を効率的に生産することに主眼を置く、従来の製造業の生産管理とは少し視点が異なると言えるでしょう。
ハードウェアとソフトウェアが融合したビジネスモデル
Peloton社のビジネスモデルは、フィットネスバイクという「モノ(ハードウェア)」と、配信されるフィットネスコンテンツという「コト(ソフトウェア/サービス)」が不可分に結びついています。顧客はハードウェアを購入するだけでなく、月額課金でサービスを継続利用することで、その価値を享受します。このようなビジネスモデルにおいては、ハードウェアの品質管理と同様に、サービスコンテンツの品質管理が事業の生命線となります。
日本の製造業においても、「モノ売り」から「コト売り」へのシフトが叫ばれて久しいですが、Peloton社の事例は、その一つの完成形を示していると言えます。製品に付随するマニュアルや取扱説明動画、メンテナンス情報、顧客サポートといったものも、広義の「プロダクション(制作物)」と捉え、その品質を顧客体験の視点から管理していく発想が、今後ますます重要になるのではないでしょうか。
日本の製造業への示唆
今回の事例から、日本の製造業が実務に活かせる示唆を以下に整理します。
1. 「生産」の概念の拡張
物理的な製品の生産だけでなく、顧客に提供するサービスや情報、コンテンツといった無形資産の「制作」も管理すべき対象として捉える視点が重要です。特に、製品の付加価値を高めるためのデジタルコンテンツ(使い方動画、オンラインセミナーなど)は、品質・コスト・納期を管理すべき重要な「製品」と言えるでしょう。
2. 顧客体験(UX)を起点としたプロセス管理
従来のQCD管理に加えて、「そのプロセスは最終的な顧客満足度にどう貢献するのか」という視点を持つことが求められます。例えば、製造現場でのカイゼン活動が、単なる効率化に留まらず、製品品質の向上を通じて顧客体験の向上にどう繋がるかを意識することで、活動の意義はより深まります。
3. 部門横断的な管理体制の構築
優れた顧客体験は、開発、製造、営業、カスタマーサポートといった各部門の連携なくしては実現できません。製品という「モノ」と、それに付随するサービスという「コト」を一体のものとして捉え、そのライフサイクル全体を俯瞰し、一貫した品質を担保するための部門横断的な管理体制や役割を検討する価値は大きいと考えられます。


コメント