長年、多くの製造業は人件費や材料費の削減を目的として、生産拠点を海外へ移してきました。しかし、近年の世界情勢の変化やサプライチェーンの混乱を受け、その流れを見直す動きが現実味を帯びています。本稿では、生産の国内回帰(オンショアリング)という選択肢について、日本の製造業の視点から考察します。
長年の常識だった「オフショアリング」という選択
ロイター通信が報じているように、「何十年もの間、製造業者は人件費、材料費、その他コストを削減するために生産を海外に移転してきた」ことは、グローバル化の潮流における一つの定石でした。日本の製造業も例外ではなく、1980年代以降、円高への対応やより安価な労働力を求め、中国や東南アジア諸国へと生産拠点を移管する動きが加速しました。これにより、グローバルに最適化されたサプライチェーンが構築され、多くの企業がコスト競争力を高めてきたことは紛れもない事実です。現地の市場を開拓するという意味合いもありましたが、その根底には常にコスト削減という大きな目的がありました。
なぜ今、国内回帰が注目されるのか
しかし、その「常識」が今、大きく揺らいでいます。背景には、いくつかの複合的な要因が考えられます。第一に、サプライチェーンの脆弱性の露呈です。コロナ禍における都市封鎖(ロックダウン)や国際物流の麻痺は、特定の国や地域に生産を依存することのリスクを浮き彫りにしました。半導体不足に代表されるように、一つの部品の供給が滞るだけで、最終製品の生産ライン全体が停止してしまう事態を、多くの企業が経験しました。事業継続計画(BCP)の観点から、サプライチェーンの強靭化(レジリエンス)が、単なるコスト削減以上に重要な経営課題として認識されるようになったのです。
第二に、地政学リスクの高まりです。米中間の対立や、昨今の国際紛争は、特定の国に生産拠点を置くこと(カントリーリスク)の危険性を改めて示しました。関税問題や輸出入規制、あるいは安全保障上の懸念から、サプライチェーンの再編を迫られるケースも増えています。これまでコスト計算には現れにくかったこれらのリスクが、今や無視できない変数となっています。
第三に、トータルコストの観点からの見直しです。海外の労働コストは年々上昇しており、かつてのほどのコストメリットは薄れつつあります。加えて、長距離輸送に伴う燃料費の高騰、リードタイムの長期化による在庫負担、遠隔地での品質管理の難しさ、知的財産保護の問題など、目に見えにくいコストを総合的に勘案する「TCO(Total Cost of Ownership)」で評価すると、国内生産の優位性が見直されるケースも出てきています。
国内生産の競争力を高める技術革新
こうした外部環境の変化に加え、国内の生産現場における技術革新も、国内回帰を後押しする重要な要素です。FA(ファクトリーオートメーション)やロボット技術の進展は、製造工程の自動化・省人化を可能にし、人件費の比重を下げつつあります。また、IoTやAIといったデジタル技術を活用したスマートファクトリー化は、生産性の飛躍的な向上や、変種変量生産への柔軟な対応を実現します。かつては人海戦術でしか実現できなかったコストを、技術で吸収できる可能性が現実のものとなりつつあるのです。これは、国内の「マザー工場」が持つ高度な生産技術やノウハウの価値を再認識する機会とも言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回の議論は、日本の製造業に携わる我々にとって、自社の生産戦略を根本から見直す契機となるものです。以下に、その要点と実務への示唆を整理します。
要点:
- コスト削減のみを追求した従来のオフショアリング戦略は、その前提が崩れつつある。
- サプライチェーンの強靭化は、あらゆる製造業にとって喫緊の経営課題である。
- 自動化・デジタル化といった技術革新が、国内生産の競争力を再び高める鍵となっている。
実務への示唆:
- 経営層・工場長へ: 単純な「海外か国内か」の二元論ではなく、自社のサプライチェーン全体のリスクを洗い出し、最適な生産拠点のポートフォリオを再構築することが求められます。その際、目先の直接コストだけでなく、TCOやBCPの観点から多角的に評価することが不可欠です。製品の特性や市場に応じて、国内生産、海外生産、あるいは近隣国での生産(ニアショアリング)などを組み合わせる、より戦略的な判断が必要となるでしょう。
- 技術者・現場リーダーへ: 国内工場の競争力を高めるための、弛まぬ生産性向上への取り組みがこれまで以上に重要になります。自動化技術の導入や、デジタルツールを活用した現場改善は、企業の生産戦略そのものを支える基盤となります。国内回帰という大きな流れを実現できるかどうかは、現場の技術力と改善力にかかっていると言っても過言ではありません。
すべての生産を国内に戻すという単純な話ではありません。しかし、これまで常識とされてきたグローバルな生産体制を一度ゼロベースで見直し、「どこで、何をつくるのが最適か」を再定義すべき時期に来ていることは間違いないでしょう。


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