世界的な人気を博しているアートトイの製造工場で、労働搾取があったとする告発がなされました。この一件は、海外の委託先工場における労働環境の問題が、いかにブランドの評判や事業継続性に直結するかを物語っています。本件を対岸の火事とせず、自社のサプライチェーン管理を見直す契機とすべきでしょう。
概要:人気玩具の裏側で起きていたこと
英国BBCの報道によると、香港発の人気アートトイ「Labubu(ラブブ)」を製造する中国・東莞市の工場で、深刻な労働搾取が行われていたと労働権利団体「China Labor Watch (CLW)」が告発しました。この工場は、ブランドオーナーである中国の大手玩具メーカー「Pop Mart(ポップマート)」の主要なサプライヤーの一つです。CLWは潜入調査に基づき、同工場における複数の問題点を指摘しています。
指摘された具体的な問題点
告発された問題は、製造現場における根深い課題を示唆しています。主な指摘事項は以下の通りです。
長時間労働と低賃金:繁忙期には、法定上限(月36時間)を大幅に超える月120時間以上の残業が常態化していました。一方で、基本給は現地の法定最低賃金を下回る水準に設定されていたと報告されています。
危険な労働環境:塗装工程などでは、シンナーといった有害な化学物質が使用されているにもかかわらず、従業員に十分な保護具が提供されていなかったとのことです。これは労働安全衛生上の重大な懸念事項と言えます。
監査逃れのための偽装工作:第三者機関による監査の際には、実態を隠蔽するために偽のタイムカードや給与明細の提出を従業員に強要していたとされています。このような組織的な偽装工作は、形式的な監査の限界を浮き彫りにします。
派遣労働者の不適切な活用:工場の労働者の半数以上が派遣労働者であり、これは中国の労働法が定める上限(10%)を大きく逸脱しています。正社員に比べて立場の弱い派遣労働者を多用することで、人件費を抑制し、柔軟な人員調整を行っていた可能性が考えられます。
サプライチェーン監査の限界とブランドオーナーの責任
この工場は、玩具業界の倫理的な製造慣行を推進するプログラム「IETP (ICTI Ethical Toy Program)」の監査を受けていたとされています。それにもかかわらず、今回のような深刻な問題が見過ごされていた事実は、従来の監査手法だけではサプライチェーンの末端で起きている実態を正確に把握することがいかに困難であるかを示しています。特に、意図的な隠蔽工作が行われる場合、書類上の確認や短時間の視察だけでは不正を見抜くことはできません。
この問題は、単に一製造工場の問題に留まりません。最終製品のブランドを持つPop Mart社に対して、サプライチェーン全体を管理する責任が問われています。近年、欧米を中心に「人権デューデリジェンス」が法制化される動きが加速しており、企業は自社の事業活動だけでなく、サプライヤーにおける人権侵害のリスクを特定し、防止・軽減する措置を講じることが強く求められています。日本企業にとっても、もはや他人事ではない潮流です。
日本の製造業への示唆
今回の事例は、海外に生産拠点を持ち、多くのサプライヤーと取引を行う日本の製造業にとって、重要な教訓を含んでいます。以下に、実務上の示唆を整理します。
1. サプライチェーンの透明性確保と実態把握の深化
直接取引のある一次サプライヤーだけでなく、その先の二次、三次サプライヤー(Tier 2, Tier 3)まで含めたリスク評価の必要性が高まっています。特に、労働集約的な工程を担う海外の委託先については、契約書や監査報告書を鵜呑みにせず、より踏み込んだ実態把握に努めるべきです。予告なしの監査や、従業員への直接の聞き取り調査なども有効な手段となり得ます。
2. 監査手法の再検討と多角的なアプローチ
偽装工作のリスクを念頭に置き、従来の監査手法を見直すことが求められます。現地の労働事情に詳しいNGOや専門家と連携し、多角的な視点から情報を収集することも一つの方法です。また、問題が発覚した際にサプライヤーとの取引を即時停止するだけでなく、協力して労働環境の改善を支援するという建設的な関与も、長期的なリスク管理の観点からは重要です。
3. ESG経営における人権リスクの位置づけ
サプライチェーンにおける人権・労働問題は、ESG(環境・社会・ガバナンス)経営における重大なリスク要因です。こうした問題が明るみに出れば、消費者からの不買運動や投資家からの評価低下を招き、企業価値を大きく損なう可能性があります。人権への配慮を、コストではなく、事業継続に不可欠な投資として捉え直す視点が不可欠です。
海外の委託生産は、コストや生産能力の面で多くの利点をもたらしますが、同時に我々の目の届きにくい場所で新たなリスクを生む可能性もはらんでいます。自社のサプライチェーンに潜む脆弱性を改めて点検し、より強固で倫理的な生産体制を構築していくことが、これからの製造業には強く求められています。


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