インドネシア政府は、食料安全保障を目的として、2029年までを見据えた国家規模での米の備蓄計画を進めています。この国家戦略は、不確実性の高まる現代において、日本の製造業がサプライチェーンと在庫管理のあり方を再考する上で、多くの示唆を与えてくれます。
国家レベルで進む、戦略的な在庫管理
報道によれば、インドネシア政府は2026年初頭の豊作による余剰生産を見込み、2029年まで米の国家備蓄を安定的に維持する計画を立てています。この計画の背景には、気候変動や国際情勢の変動による食料供給リスクに備え、国民生活の基盤である食料の安定供給と価格の安定化を図るという、国家レベルでの明確な目的があります。計画の一環として、増加する備蓄米を効果的に管理するための保管能力の増強も進められています。
この動きは、一見すると農業政策の話ですが、その本質は「需要と供給の変動リスクに備えた、戦略的な在庫管理とサプライチェーンの強靭化」であり、これは私たち製造業が日々直面している課題と全く同じ構造を持っています。
製造業における在庫管理との共通点
インドネシアの取り組みは、製造現場における在庫管理の重要性を改めて浮き彫りにします。彼らが目指す「効果的な在庫管理(effective stock management)」とは、単に倉庫にモノを積み上げることではありません。適切な品質を維持しながら、必要な時に必要な量を供給できる体制を整えることです。
これは、日本の製造業が追求してきたジャストインタイム(JIT)の思想と対立するものではなく、むしろその土台となる安定供給をどう確保するか、という視点を提供してくれます。コロナ禍や半導体不足、あるいは地政学リスクの高まりによってサプライチェーンの脆弱性が露呈した今、過剰な在庫はコストを圧迫する一方で、過度な在庫削減は生産停止という致命的なリスクに繋がることが明らかになりました。重要なのは、リスクの大きさと発生確率を評価し、事業継続のために許容すべき「戦略的バッファ(安全在庫)」をどこにどれだけ持つか、という経営判断です。
事業継続計画(BCP)として捉える在庫戦略
この国家備蓄計画は、国全体の事業継続計画(BCP)の一環と捉えることができます。予測困難な事態が発生しても、国家運営が滞らないようにバッファを持つという考え方です。同様に、企業においても、サプライチェーン寸断のリスクに備えることは、BCPの根幹をなす重要な要素です。
特定のサプライヤーや地域に依存した調達体制は、効率的である反面、非常時には脆さを露呈します。インドネシアが自国内の生産余剰を活用して将来のリスクに備えるように、私たち製造業も、自社の供給網全体を俯瞰し、どこにボトルネックがあるのか、どの部品・原材料が途絶えると事業継続に致命的な影響を及ぼすのかを正確に把握し、対策を講じておく必要があります。
日本の製造業への示唆
今回のインドネシアの事例から、日本の製造業が実務に活かすべき点を以下のように整理できます。
1. 中長期的な視点での在庫戦略の再構築
短期的なキャッシュフローや効率性だけでなく、3年後、5年後を見据えた事業環境の変化を予測し、サプライチェーンの安定性を確保するための在庫レベルを再定義することが求められます。これは、単なるコストではなく、事業継続のための戦略的投資と位置づけるべきです。
2. サプライチェーンの脆弱性評価と対策
自社の製品に使われる原材料や部品について、調達先や輸送経路を含めたサプライチェーン全体の脆弱性を定期的に評価することが重要です。特に重要度が高い品目については、代替サプライヤーの確保、設計変更による代替品の利用、そして戦略的な備蓄といった具体的な対策を検討すべきでしょう。
3. 保管・管理能力の最適化
在庫を増やす場合、単に保管スペースを確保するだけでは不十分です。品質を劣化させずに保管するための温湿度管理、先入れ先出しの徹底、使用期限の管理など、在庫の「質」を維持するための管理体制の強化が不可欠です。IoT技術などを活用したスマートな在庫管理システムの導入も有効な手段となり得ます。
4. マクロ環境の変化への感度
食料やエネルギー、特定鉱物資源などは、国家戦略として安定供給が図られる対象です。自社の事業が、こうした国家レベルの安全保障や国際情勢の動向とどのように関わっているのかを常に把握し、経営戦略に織り込むマクロな視点が、今後の企業経営において一層重要になると考えられます。


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