米国の建設業界向けソフトウェア企業によるM&Aのニュースは、一見すると日本の製造業とは縁遠い話に聞こえるかもしれません。しかしその背景には、営業プロセスと生産管理をデジタルでシームレスに連携させ、顧客体験と業務効率を向上させるという、我々にとっても重要な示唆が含まれています。
事例の概要:フィールドセールスとEコマース機能の統合
先日、米国の建設・リフォーム業者向けのフィールドセールス(現場営業)支援および生産管理ソフトウェアを提供するSalesRabbit社が、Eコマース(電子商取引)での価格設定やデジタル提案ツールに強みを持つRoofle社を買収したと報じられました。この買収により、営業担当者が顧客の現場で、その場で正確な見積もりを提示し、洗練されたデジタル提案書を作成・提示できる機能が、既存の営業・生産管理システムに統合されることになります。
これは、従来は分断されがちだった「顧客との商談・見積もり」というフロントエンドの業務と、「受注後の生産・施工管理」というバックエンドの業務を、一気通貫のデジタルプラットフォームで繋ごうという動きです。顧客の要望に応じた仕様や価格を迅速に提示し、合意が得られればその情報が遅滞なく生産管理部門に連携される、という理想的な流れを目指すものと言えるでしょう。
BtoBにおける顧客体験の変化とデジタル化の必然性
この動きの背景には、BtoCの世界で当たり前になった迅速で透明性の高い購買体験が、BtoBの世界にも強く求められているという大きな潮流があります。顧客は、問い合わせに対して数日待たされる見積もりよりも、Webサイトや担当者とのオンライン会議で即座に提示される価格や納期を好むようになっています。
日本の製造業、特に多品種少量生産やカスタム品の受注生産を行う現場では、仕様の複雑さから見積もり作成に営業担当者や設計・生産技術部門の多大な工数がかかっているケースが少なくありません。この見積もりリードタイムの長さが、商機を逸する原因になっていることもあります。今回の事例が示すように、営業担当者が顧客の目の前で、あらかじめ設定されたルールエンジンに基づいて正確な見積もりを作成できる仕組み(CPQ: Configure, Price, Quote と呼ばれる領域)は、顧客満足度の向上と営業効率の改善に直結します。
営業と生産の情報連携がもたらす価値
この事例のもう一つの重要な点は、営業支援ツールと「生産管理」ソフトウェアが一体化していることです。営業部門が受注した仕様、価格、納期といった情報は、生産活動の起点となる極めて重要なマスターデータです。このデータが、人手を介した転記や再入力によって生産管理システムに取り込まれるプロセスでは、間違いや遅延が発生するリスクが常に伴います。
営業段階で顧客と合意した情報が、そのままの形で生産計画、部品手配、工程管理のデータとしてシームレスに連携されれば、どうでしょうか。リードタイムは短縮され、転記ミスによる手戻りや仕様間違いといった品質問題も未然に防ぐことができます。これは、製造現場が長年課題としてきた「営業部門と製造部門の壁」を、デジタル技術によって解消しようとするアプローチに他なりません。フロントローディングの考え方を、情報伝達のプロセスに適用する動きとも捉えられます。
日本の製造業への示唆
今回の米国の事例から、我々日本の製造業が学ぶべき点は多岐にわたります。以下に要点と実務的な視点を整理します。
1. 顧客接点のデジタル化と迅速化
顧客からの引き合いや見積もり依頼への対応プロセスを見直し、デジタルツールを活用して迅速化できないか検討することが重要です。特に、見積もり作成の標準化や自動化は、営業担当者の負荷を軽減し、顧客への回答速度を高める上で効果的です。
2. 営業から生産へのデータ連携の強化
現在使用している販売管理や営業支援の仕組みと、生産管理システムとの間の情報連携がどのようになっているか、改めて確認すべきです。手作業でのデータ入力やExcelファイルを介した連携が主流であるならば、そこに大きな改善の余地があります。システム間のAPI連携などを活用し、受注情報を生産指示へ自動的に反映させる仕組みを構築することは、生産性向上に大きく寄与します。
3. 外部ソリューション活用の柔軟な発想
すべてを自社で開発・構築するのではなく、今回の事例のように、特定の機能に優れた外部のソフトウェアやクラウドサービスを積極的に組み合わせる発想が求められます。特にSFA(営業支援システム)やCPQツール、生産管理システムなど、各領域で専門性の高いサービスが多数存在します。自社の業務プロセスに合わせてこれらを連携させることで、比較的小さな投資で大きな効果を得ることも可能です。
顧客の要求が高度化し、市場の変化が速まる中で、企業の競争力は個々の部門の能力だけでなく、部門間の連携のスムーズさに大きく左右されます。営業と生産という、企業の根幹をなす2つの機能の連携をデジタル技術でいかに強化していくか。この問いは、すべての製造業にとって避けては通れない経営課題と言えるでしょう。


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