気候変動リスクと在庫戦略:サプライチェーンの寸断に備える企業の適応

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近年の気候変動は、もはや環境問題というだけでなく、企業のサプライチェーンと生産活動に直接的な影響を及ぼす経営課題となっています。インド経営大学院のA. Athira教授らが発表した研究では、気候変動リスクの高まりが、企業の在庫水準を押し上げる傾向にあることが国際的なデータから示されました。

気候変動が在庫を増やすという現実

「気候リスクが高まると、在庫も増加する」―この研究が示す結論は、多くの製造業関係者にとって直感的に理解できるものではないでしょうか。従来、在庫はコストであり、いかに削減するかが生産管理の命題でした。しかし、世界各地で頻発する異常気象は、この常識に再考を迫っています。

研究によれば、企業は気候変動に起因する様々なリスクへの「適応策」として、意図的に在庫を積み増す傾向があることが確認されました。これは、洪水や台風、干ばつといった自然災害が、サプライヤーからの部品供給や製品を輸送する物流網を寸断させる可能性を現実的な脅威として認識していることの表れです。万が一の供給停止に備え、安全在庫を手厚くすることで事業継続性を確保しようという、合理的な経営判断であると分析されています。

サプライチェーンにおけるリスクへの備え

在庫増加の背景には、サプライチェーンの各段階における具体的なリスクが存在します。

まず、サプライヤーサイドのリスクです。例えば、海外の特定地域に集中している部品メーカーが豪雨で被災すれば、調達は完全に停止してしまいます。このような事態を避けるため、企業は代替サプライヤーを探すだけでなく、当面の生産を維持するための部品在庫を確保する必要に迫られます。

次に、物流インフラのリスクです。港湾機能の麻痺、道路や鉄道の寸断は、部品の入荷だけでなく製品の出荷にも深刻な影響を及ぼします。リードタイムが急激に長期化・不安定化することを見越し、バッファとして在庫を多めに持つ動きにつながります。

また、自社の生産拠点そのものもリスクに晒されています。日本では、2019年の台風19号による河川の氾濫で多くの工場が浸水被害を受けたことは記憶に新しいところです。自社工場の操業停止リスクに備え、製品在庫や半製品在庫を地理的に分散して保管するといった対策も、在庫水準を押し上げる一因となり得ます。

効率性追求から強靭性の確保へ

この研究結果は、日本の製造業が得意としてきたジャストインタイム(JIT)方式に代表される「リーン生産」の思想と、どう向き合うべきかという重要な問いを投げかけます。在庫を極限まで削減し、効率性を追求するアプローチは、平時においては非常に有効です。しかし、サプライチェーンの寸断が常態化しつつある現代においては、その脆弱性が露呈しかねません。

もちろん、これは単純に在庫を増やせばよいという話ではありません。重要なのは、リスクとコストのバランスをとりながら、事業継続性を高めるための戦略的な在庫配置を考えることです。どの部品がボトルネックになり得るのか、どの拠点が地理的に脆弱なのかを精査し、重点的に在庫を確保する、あるいは在庫の保有拠点を分散させるといった、より高度なサプライチェーン・マネジメントが求められています。

日本の製造業への示唆

この研究から、日本の製造業が実務レベルで検討すべき点を以下に整理します。

1. 気候変動リスクの具体的な評価:
自社のサプライチェーン全体を俯瞰し、ハザードマップなどを活用して、主要なサプライヤーや物流拠点、自社工場がどのような自然災害リスクに晒されているかを具体的に評価・可視化することが第一歩となります。漠然とした不安ではなく、データに基づいたリスク評価が不可欠です。

2. 在庫戦略の再定義:
従来の「在庫=悪」という固定観念から脱却し、事業継続性を担保するための「戦略的在庫」という概念を導入する必要があります。BCP(事業継続計画)の一環として、どの品目を、どこに、どれだけの期間分を保管するのか、リスク評価に基づいて再定義することが求められます。

3. サプライチェーン全体の強靭化(レジリエンス向上):
在庫の積み増しはあくまで対策の一つです。根本的な解決には、サプライヤーの複数化(マルチソーシング)、生産拠点の分散、代替輸送ルートの確保といった、サプライチェーン全体の強靭化が欠かせません。在庫だけで全てのリスクを吸収しようとすると、コストが際限なく増大してしまいます。

4. サプライヤーとの連携強化:
リスク情報をサプライヤーと共有し、共に対応策を講じる協力体制を構築することが重要です。サプライヤー側のBCPの状況を確認し、必要であれば支援を行うなど、サプライチェーン全体でリスク対応力を高めていく視点が求められるでしょう。

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