インド、旅客機国産化への挑戦 ― 日本の製造業が見るべきサプライチェーンの新たな動き

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急成長する航空市場を背景に、インドが政府主導で旅客機の国産化を目指す動きが活発化しています。この挑戦は、グローバルな航空機サプライチェーンの構造変化を示唆しており、日本の製造業にとっても無視できない潮流です。

急拡大する需要と「Make in India」の野心

近年、インドの航空市場は目覚ましい成長を遂げており、エア・インディアやインディゴといった航空会社が、エアバス社やボーイング社に対し数百機単位の歴史的な大量発注を行ったことは記憶に新しいところです。この旺盛な国内需要を背景に、インド政府は「Make in India」政策の一環として、航空機そのものを国内で製造するという高い目標を掲げています。現在は防衛分野での戦闘機製造の経験に留まっていますが、民間旅客機の国産化は、インドが単なる巨大市場から製造大国へと転換するための象徴的なプロジェクトと位置づけられています。

現実的な第一歩としての協業とライセンス生産

その具体的な動きとして、2023年10月にインドとロシアが、ロシア製旅客機「スホーイ・スーパージェット100(SJ-100)」をインド国内で製造するための初期合意に至りました。これは、インドにとって完成機を組み立てるための技術や生産管理ノウハウを習得する貴重な機会となり得ます。しかし、この計画には大きな課題も伴います。特に、西側諸国の制裁下にあるロシア製機体は、部品の安定供給や、FAA(米国連邦航空局)やEASA(欧州航空安全機関)といった国際的な安全認証の取得が極めて困難です。認証なくして、国際市場での販売は現実的ではなく、この協業がインドの航空機産業の本格的な離陸に直結するかは、まだ不透明と言えるでしょう。

足元で進むサプライヤーとしての地位向上

一方で、より現実的な戦略も着実に進んでいます。タタ・グループやマヒンドラ・グループといったインドの大手財閥は、既にエアバス社やボーイング社のサプライヤーとして、胴体の一部や翼、ドアといった重要な構造部品の製造を担っています。これは、いきなり完成機メーカーを目指すのではなく、まずはグローバル・サプライチェーンの中で部品やモジュールの製造を担い、技術力と実績を着実に蓄積していくという堅実なアプローチです。日本の部品メーカーから見れば、こうしたインド企業は、時にパートナーであり、またある分野では競合相手となり得る存在として、その動向を注視する必要があります。

航空機製造という「究極のすり合わせ」への道

旅客機の製造は、数百万点にも及ぶ部品を世界中から調達し、それらを一つのシステムとして完璧に統合する、極めて高度な「すり合わせ」が求められる事業です。設計、部品製造、最終組立、そして厳格な品質保証と認証プロセスまで、全ての段階で高い技術と経験が不可欠です。中国が国策としてCOMAC(中国商用飛機)を設立し国産旅客機開発を進めていますが、その道のりは決して平坦ではありません。インドがこの巨大な壁を乗り越えるには、まだ長い時間と多大な投資が必要となるでしょう。サプライヤーとしての経験を積み重ねることが、その遠大な目標に向けた重要な布石となることは間違いありません。

日本の製造業への示唆

インドの航空機産業における挑戦は、日本の製造業にとって以下の点で重要な示唆を与えています。

1. サプライチェーンの複線化とインドの重要性:
地政学リスクの高まりを受け、多くの産業で生産拠点の多様化が進む中、航空機産業においてもインドが「チャイナ・プラスワン」の有力な候補地として存在感を増しています。日本の部品・素材メーカーにとって、インドは新たな市場であると同時に、生産パートナーシップを構築すべき重要な拠点となり得ます。

2. 部品・モジュール分野での新たな競合:
短期間でインドが完成機メーカーとして日本と競合する可能性は低いですが、部品やモジュールの製造分野では、コスト競争力を備えたインド企業が強力なライバルとなる可能性があります。日本のものづくりとしては、単なるコスト競争に陥るのではなく、高精度な加工技術、品質保証体制、納期管理といった、総合的な価値で優位性を保ち続けることが求められます。

3. MRO(整備・修理・オーバーホール)市場への注目:
インド国内で航空機の運航機数が急増すれば、それに伴いMRO市場も確実に拡大します。機体製造だけでなく、高品質な整備技術や補給部品の供給網を持つ日本の企業にとっては、この成長市場に新たな事業機会を見出すことができるかもしれません。

4. 品質と信頼性という日本の強みの再確認:
航空機産業の核心は、人の命を預かる製品としての絶対的な安全性と信頼性です。インドの挑戦は、改めて日本の製造業が長年培ってきた品質管理、精密加工、そして複雑な製品をまとめ上げるシステムインテグレーション能力の価値を浮き彫りにします。この強みを認識し、さらに磨きをかけることが、グローバルな競争環境で勝ち残るための鍵となるでしょう。

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