欧州連合(EU)で議論が進む「重要医薬品法(Critical Medicines Act)」は、医薬品の安定供給を目指すものですが、その根底にある思想は日本の製造業全体にとっても示唆に富むものです。本稿では、この動きを参考に、これからのサプライチェーン戦略と工場運営のあり方について考察します。
欧州で進む「重要医薬品法」の狙い
近年、欧州では「重要医薬品法(Critical Medicines Act: CMA)」に関する議論が活発化しています。この法案の主な目的は、欧州域内における医薬品の供給網を強化し、外部の特定供給元への過度な依存を減らすことにあります。具体的には、製造におけるレジリエンス(強靭性)を高め、サプライヤーを多様化し、単一の国や企業に依存するリスクを低減することを目指しています。
これは、新型コロナウイルスのパンデミック時に、医薬品や医療物資の供給が特定の国に集中していたことで生じた混乱への反省が背景にあります。平時の効率性やコストだけを追求するのではなく、有事の際にも安定して国民に必要な製品を供給できる体制を、法整備によって構築しようという動きです。これは医薬品に限らず、あらゆる製造業が直面する課題と共通しています。
サプライチェーンにおける「レジリエンス」という視点
元記事で言及されている「製造レジリエンス」とは、予期せぬ事態が発生しても、事業や生産活動を継続し、迅速に復旧できる能力を指します。自然災害、地政学的な緊張、感染症の拡大など、サプライチェーンを脅かす要因は年々複雑化しています。このような環境下では、これまでのように「ジャスト・イン・タイム」に代表される効率一辺倒の考え方だけでは、事業継続が困難になる場面が増えてきました。
日本の製造現場においても、BCP(事業継続計画)の重要性はかねてより認識されていましたが、その対象は主に自然災害でした。しかし今日では、特定の国からの部品供給が突然停止する、といった地政学リスクも現実的な脅威として捉え、サプライチェーン全体のリスク評価と対策を見直す必要に迫られています。
脱・単一依存と生産拠点の再評価
単一の外部供給者に依存する体制は、コスト面でのメリットは大きいものの、その供給が途絶えた際の影響は計り知れません。欧州のCMAが供給元の多様化を促しているように、日本の製造業においても、重要部材や基幹部品の調達先を複数確保する「マルチソーシング」の重要性が増しています。
また、この動きは、生産拠点のあり方そのものを見直すきっかけにもなります。コストの安さから海外に集中させていた生産拠点を、一部国内に回帰させる「リショアリング」や、政治的に安定した近隣国へ移す「ニアショアリング」といった選択肢が、改めて経営のテーブルで議論されるようになっています。これは単なるコスト計算ではなく、供給の安定性という、企業の存続に関わる重要な経営判断と言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
欧州における重要医薬品法の動きは、医薬品業界に限った話ではありません。日本の製造業が、自社のサプライチェーンと生産体制を見直す上で、重要な視点を提供してくれます。以下に、実務への示唆を整理します。
- サプライチェーンの網羅的なリスク評価: 自社の製品に使われる部品や原材料について、どの国の、どの企業から調達しているかを改めて可視化し、地政学リスクや災害リスクを定量的に評価することが第一歩となります。特に、代替が難しい「シングルソース」の品目は最優先で対策を検討すべきです。
- 調達先の多様化と戦略的在庫: 特定の仕入先への依存度が高い重要部材については、積極的に代替サプライヤーを探し、複数購買体制を構築することが求められます。また、リスクが高いと判断される品目については、従来の在庫水準を見直し、一定の戦略的在庫を保有することも有効な手段です。
- 生産拠点の最適配置の再検討: コスト効率だけでなく、供給安定性やリードタイム、カントリーリスクといった複数の要素を総合的に評価し、生産拠点の最適配置を中長期的な視点で見直す必要があります。国内生産の価値を再評価することも、重要な選択肢の一つです。
- 経済安全保障に関する政府動向の注視: 日本政府も経済安全保障推進法などを通じて、重要物資の国内生産支援やサプライチェーン強靭化を進めています。自社の事業に関連する補助金や規制の動向を常に把握し、経営戦略に活かしていく姿勢が不可欠です。
グローバルな環境変化が激しい現代において、強靭でしなやかなサプライチェーンを構築することは、製造業にとって競争力の源泉そのものとなっています。欧州の動きを対岸の火事と捉えず、自社の足元を見つめ直す良い機会とすることが肝要です。


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