グローバル市場、特に欧州向け輸出において、サステナビリティ基準への適合が取引の前提条件となりつつあります。ベトナムの農業分野では、デジタル技術を駆使してこの課題に対応する動きが加速しており、日本の製造業にとっても重要な示唆を与えています。
欧州市場が求めるサステナビリティという「品質」
近年、欧州連合(EU)をはじめとする先進国市場では、製品そのものの品質だけでなく、それが「どのように作られたか」が厳しく問われるようになっています。環境保護、人権尊重、公正な労働条件といった、いわゆるサステナビリティ(持続可能性)に関する要求が、法規制や取引基準の形で具体化されています。ベトナムの農産物輸出においても、Rainforest AllianceやGlobalG.A.P.といった自主的サステナビリティ基準(VSS)への準拠が、市場アクセスの鍵を握っています。
これは農産物に限った話ではありません。日本の製造業においても、例えばEUの森林破壊防止規則(EUDR)では、製品に使われる木材や紙、パーム油などが森林破壊に由来しないことを証明する義務が課されます。自社工場だけでなく、原材料を供給するサプライヤーまで遡って、その生産プロセスにおける環境・社会的な側面を管理・証明することが求められる時代になったと言えるでしょう。
デジタル技術が実現するトレーサビリティの深化
ベトナムの先進的な農業企業は、こうした複雑な要求に応えるため、デジタル技術の活用を積極的に進めています。具体的には、生産管理ソフトウェア、トレーサビリティを確保するためのデータシステム、そして基準準拠を証明するデジタル証拠プラットフォームなどを導入しています。これにより、農場の管理から収穫、加工、輸出に至るまでの各工程の情報をデータとして記録・連携させ、信頼性の高いトレーサビリティを構築しているのです。
従来、紙やスプレッドシートで行われてきた記録管理では、膨大な情報の正確性を担保し、監査に対応することは極めて困難です。デジタル化によって、サプライチェーン全体の情報を一元的に管理し、透明性を確保することが可能になります。これは、製造業における品質管理や生産管理の考え方を、サプライチェーン全体、かつサステナビリティという新たな軸で拡張する取り組みと捉えることができます。
サプライチェーン・デューデリジェンスという新たな常識
一連の動きの背景には、「サプライチェーン・デューデリジェンス」という考え方があります。これは、企業が自社の事業活動だけでなく、取引先(サプライヤー)が引き起こす人権侵害や環境破壊といった問題に対しても、リスクを把握し、防止・軽減するための努力を尽くす責任がある、というものです。この責任を果たすためには、サプライチェーンの上流、つまり原材料の調達段階まで遡って状況を可視化することが不可欠となります。
日本の製造業にとって、海外からの部品や原材料の調達は事業の根幹です。しかし、その調達先の労働環境や環境規制の遵守状況を正確に把握できているでしょうか。今後は、コストや品質、納期といった従来の基準に加え、「サステナビリティに関する情報を正確に提供できるか」が、サプライヤー選定の重要な要件となっていくことは間違いないでしょう。
日本の製造業への示唆
ベトナム農業の事例は、グローバルな事業展開を行う日本の製造業にとって、以下の重要な示唆を与えています。
1. サプライチェーンの可視化と情報管理の高度化:
製品の製造工程だけでなく、原材料の調達段階まで遡ったトレーサビリティの構築が急務です。特に、環境負荷や人権配慮といった非財務情報の追跡と管理が、事業継続のリスク管理において不可欠となります。
2. DXの戦略的活用:
サステナビリティ対応は、もはや人手による管理の限界を超えています。サプライヤーと連携したデータプラットフォームの構築や、データの信頼性を高める技術の活用を、コストではなく、市場での競争力を維持・強化するための戦略的投資と位置づける必要があります。
3. 調達方針の見直しとサプライヤーとの連携強化:
サプライヤー選定の基準に、サステナビリティへの取り組みや情報開示能力を明確に組み込むべきです。また、一方的に要求するだけでなく、サプライヤーが基準に対応できるよう、協働で改善を進めるパートナーシップが求められます。
4. 部門横断的な推進体制の構築:
この課題は、調達、生産、品質保証、法務、経営企画など、特定の部門だけで完結するものではありません。全社的な課題として捉え、部門の壁を越えた連携体制を構築することが、実効性のある取り組みを進める上での鍵となります。


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