EVは本当に環境に優しいのか? 製造段階の環境負荷とライフサイクル思考の重要性

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EVシフトが加速する一方、その製造過程における環境負荷、特にバッテリー生産が課題として指摘されています。本記事では、従来のガソリン車と比較しながら、ライフサイクル全体でEVの環境性能を評価する視点の重要性を、製造業の実務者の観点から解説します。

製造段階ではEVの環境負荷が高いという事実

近年の急速なEV(電気自動車)の普及は、脱炭素社会の実現に向けた大きな潮流です。しかしその一方で、EVの製造段階、特にバッテリー生産におけるCO2排出量が、従来のガソリン車(ICE車)を上回るという指摘がなされています。これは、製造業に携わる我々として、冷静に受け止めるべき事実です。

主な要因は、言うまでもなくリチウムイオンバッテリーの生産にあります。バッテリーの主要材料であるリチウム、コバルト、ニッケルといった希少金属の採掘、輸送、精錬、そして電極やセルを製造する工程には、膨大なエネルギーが必要とされます。このため、車両が工場から出荷される時点でのカーボンフットプリントは、EVの方が大きくなる傾向にあるのが実情です。

日本の製造業の視点から見れば、これは単なる環境問題に留まりません。バッテリー材料の多くを海外からの輸入に依存しているため、地政学的なリスクや資源価格の変動が直接的に生産コストや安定供給に影響を及ぼす、サプライチェーン上の重要な経営課題でもあるのです。

ライフサイクルアセスメント(LCA)で考える

しかし、自動車の環境性能を製造段階だけで評価するのは、あまりに一面的な見方と言えます。ここで重要になるのが、製品の原料調達から製造、使用、そして廃棄・リサイクルに至るまでの全段階における環境負荷を総合的に評価する「ライフサイクルアセスメント(LCA)」という考え方です。

EVは走行中にCO2を排出しません。そのため、製造時に先行して排出したCO2(いわば「炭素の負債」)を、ガソリン車に比べて走行距離が伸びるほどに「返済」していくことになります。そして、ある一定の走行距離を超えると、総排出量でEVがガソリン車を下回る「損益分岐点」を迎えます。

この分岐点となる走行距離は、EVに供給される電力の発電構成に大きく左右される点も忘れてはなりません。再生可能エネルギーの比率が高いクリーンな電力で充電するほど、この分岐点は短くなります。これは、自社工場の使用電力を再エネに切り替えるといった取り組みが、自社製品のLCA評価を向上させる上でいかに重要であるかを示唆しています。

技術革新による環境負荷低減への期待

もちろん、製造段階の環境負荷そのものを低減する取り組みも活発に進められています。バッテリーのリサイクル技術の向上は、資源の循環利用を促進し、新規採掘に依存しない持続可能なサプライチェーンの構築に不可欠です。

また、生産プロセス自体の効率化も極めて重要です。例えば、バッテリー製造における乾燥工程のエネルギー消費を削減する新しい技術や、工場全体でのエネルギーマネジメントシステムの高度化など、これらは日本の製造業が長年培ってきた「カイゼン」の思想や生産技術がまさに活かされる領域と言えるでしょう。

将来的には、全固体電池のような次世代バッテリー技術が実用化されれば、エネルギー密度が向上し、より少ない資源で高性能なバッテリーが生産可能になるかもしれません。こうした技術開発の動向は、自社の事業戦略を考える上でも常に注視していく必要があります。

日本の製造業への示唆

本件は、EVという特定製品の課題に留まらず、これからのものづくり全体に関わる重要な示唆を含んでいます。

1. LCA視点の標準化:
自社製品の環境性能を語る上で、製造時のCO2排出量だけでなく、ライフサイクル全体での評価が不可欠になります。これは、顧客や投資家に対する説明責任(アカウンタビリティ)を果たす上でも、今後ますます重要となるでしょう。

2. サプライチェーンの再構築と透明化:
バッテリー材料の安定調達はもとより、その調達プロセスが環境や人権に配慮したものであるか(責任ある鉱物調達)を証明することが求められます。サプライチェーン全体のトレーサビリティを確保し、透明性を高めることが競争優位に繋がります。

3. 生産技術による付加価値創出:
バッテリー製造プロセスの省エネ化や、工場における再生可能エネルギーの活用は、製品の環境価値を直接的に高める行為です。長年培ってきた生産技術や品質管理のノウハウを、環境負荷低減という新しい価値軸で展開していくことが期待されます。

4. サーキュラーエコノミーへの参画:
使用済みバッテリーの回収、リユース(再利用)、リサイクルといった循環型の事業モデルは、大きなビジネスチャンスを秘めています。静脈産業とも連携し、自社の技術やインフラを活かせる領域を早期に模索することが重要です。

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