海外の乳製品業界におけるAI活用事例から学ぶ、データ駆動型製造への道筋

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米国の乳製品業界では、AIとデータを活用したデジタル変革が加速しています。本記事では、この潮流を参考に、日本の製造業が取り組むべきデータ駆動型のアプローチと、その具体的な応用可能性について考察します。

はじめに:データ活用で変革する乳製品の製造現場

近年、海外の食品業界、特に乳製品の製造現場において、AI(人工知能)とデータを活用したデジタル変革(DX)が注目されています。原料である生乳の品質は、季節や産地、個体差によって常に変動します。こうした自然由来の「ばらつき」を乗り越え、安定した品質の製品を効率的に生産することは、長らく熟練技術者の経験と勘に依存してきました。しかし、人手不足や技術承継の問題が深刻化する中、これらの暗黙知をデータとAIによって形式知化し、製造プロセス全体を最適化しようという動きが活発化しています。これは、単なる自動化や省力化に留まらず、製造業の競争力の源泉そのものを再構築する試みと言えるでしょう。

乳製品製造におけるAI活用の具体的な応用例

乳製品の製造プロセスは、原料の受入から殺菌、発酵、充填、包装に至るまで多岐にわたります。それぞれの工程でAI技術を適用することにより、従来は解決が難しかった課題へのアプローチが可能になります。

1. 原料品質の予測と工程の最適化
入荷する生乳の成分(乳脂肪分、無脂固形分など)は、製品の品質や歩留まりに直結する重要な要素です。過去の受入データ、気象情報、供給元の酪農家のデータなどをAIで分析することで、入荷する生乳の品質を高い精度で予測できます。この予測に基づき、ヨーグルト向け、チーズ向けといった製品ごとに最適な原料の配合を自動で計算したり、殺菌温度や時間といったプロセスパラメータを微調整したりすることで、最終製品の品質を安定させ、原料のロスを最小限に抑えることが可能になります。

2. 発酵・熟成プロセスの高度な管理
ヨーグルトやチーズの製造において、発酵や熟成は品質を決定づける最も繊細な工程です。温度、湿度、時間といった管理項目に加え、微生物の活動という複雑な要素が絡み合います。各種センサーから得られるデータをAIがリアルタイムで解析し、発酵の進捗状況を監視。異常の兆候を早期に検知したり、最適な発酵停止タイミングを判断したりすることで、風味や食感のばらつきを抑え、常に高品質な製品を生産する体制を構築できます。

3. 設備の予知保全とダウンタイムの削減
製造ラインに設置されたモーターやポンプ、バルブなどの稼働データ(振動、温度、圧力など)をAIが常時監視し、故障の予兆を事前に検知する「予知保全」も重要な応用分野です。これにより、突発的な設備故障による生産ラインの停止(ダウンタイム)を未然に防ぐことができます。計画的なメンテナンスが可能になることで、生産計画の安定性が向上し、保守コストの最適化にも繋がります。

4. 需要予測に基づく生産・在庫の最適化
乳製品は賞味期限が短いものが多く、需要と供給のミスマッチは大きな廃棄ロスに繋がります。過去の販売実績、天候、曜日、季節イベントといった様々なデータをAIに学習させることで、製品ごとの需要を高い精度で予測します。この予測に基づいて生産計画を立案することで、欠品による機会損失と、過剰生産による廃棄ロスの双方を削減し、サプライチェーン全体の効率化を図ることができます。

日本の製造業への示唆

海外の乳製品業界におけるAI活用の取り組みは、日本の多くの製造業、特に食品や化学、素材といったプロセス産業にとって、示唆に富むものです。以下に、実務への応用を考える上での要点を整理します。

1. 「データ」を経営資源として再評価する
これまで現場の暗黙知とされてきた「勘」や「経験」の背景には、必ず何らかのデータや因果関係が存在します。まずは自社の製造プロセスにおいて、どのようなデータが取得可能か、また課題解決のためにどのようなデータが必要かを洗い出すことが第一歩です。日々の生産記録や品質データ、設備ログなど、眠っているデータは新たな価値を生む経営資源となり得ます。

2. スモールスタートで成功体験を積む
全社的なDXを掲げる前に、まずは特定の課題に絞ってAI活用の実証実験(PoC)から始めることが現実的です。例えば、特定の製品の外観検査の自動化や、故障が頻発している重要設備の予知保全など、費用対効果が見えやすく、現場の協力も得やすいテーマから着手するのが成功の鍵です。

3. 業界特有の課題に応用する視点
乳製品業界の「原料のばらつき」という課題は、農産物や水産物を扱う他の食品製造業や、天然由来の原料を用いる化学・素材産業にも共通するものです。自社の製造プロセスにおける「不安定要素」や「不確実性」は何かを特定し、それをデータとAIでいかに制御・最適化できるか、という視点で考えることが有効です。

4. デジタル技術と現場の知見を融合させる
AIは万能の道具ではなく、現場の知見と組み合わせることで初めて真価を発揮します。AIが出した結果を鵜呑みにするのではなく、なぜそのような結果になったのかを現場の技術者が考察し、改善に繋げていくプロセスが不可欠です。データサイエンティストと現場の専門家が協業できる体制づくりや、双方の知識を橋渡しできる人材の育成が、今後の持続的な成長に向けた重要な課題となるでしょう。

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