昨今、業界を問わずデジタルトランスフォーメATION(DX)の重要性が叫ばれていますが、時に異業種の取り組みが、我々製造業の進むべき道を照らすことがあります。本稿では、ベトナムで進む農業分野のデジタル化の事例を基に、日本の製造業が学ぶべきバリューチェーン全体の最適化について考察します。
はじめに – なぜ農業の事例に目を向けるのか
製造業の現場では、スマートファクトリー化やIoT導入による「生産工程の最適化」に多くの関心が集まっています。しかし、企業の競争力を本質的に高めるためには、生産の前工程である調達や、後工程である物流・販売、さらには最終消費者の動向までを視野に入れた、バリューチェーン全体の最適化が不可欠です。今回ご紹介するベトナムの農業分野における取り組みは、まさにこの「生産・管理・消費」を一気通貫で捉えようとするものであり、我々製造業にとっても多くの示唆を含んでいます。
ベトナム農業におけるデジタル技術活用の概観
元記事によれば、ベトナムでは農業関連団体が主導し、農家に対してデジタル技術の活用を指導・支援する動きが活発化しています。その範囲は、農産物の「生産」「管理」「消費」という、まさにバリューチェーンの根幹をなすプロセスに及んでいます。これは、単に農作業を効率化するだけでなく、生産された農産物の価値を最大化し、安定的な収益に繋げることを目的とした、極めて戦略的な取り組みと言えるでしょう。
製造業に置き換えてみれば、これは業界団体や地域の支援機関が、各工場の生産性向上だけでなく、サプライチェーン管理や市場投入までをデジタル技術で支援するようなものです。個社の努力だけでは限界があるDXを、業界全体で推進しようという視点は注目に値します。
「生産・管理・消費」のデータ連携がもたらす価値
この取り組みの核心は、各プロセスがデータによって有機的に連携している点にあります。それぞれの段階でどのような価値が生まれるか、製造業の視点から見ていきましょう。
1. 生産:センサーやドローンなどを活用した精密農業は、天候や土壌の状態といった変動要因をデータで捉え、最適な栽培計画を実行することを可能にします。これは、製造業における「スマートファクトリー」の思想と通じます。熟練者の勘や経験に頼るだけでなく、データに基づいた安定的な品質と生産量を実現する試みです。
2. 管理:生産履歴や農薬使用状況などをデジタルで記録・管理することは、トレーサビリティの確保に直結します。これにより、食の安全に対する消費者の信頼を得ることができます。我々の業界で言えば、これは製品の品質保証プロセスや製造履歴管理に相当します。どのロットが、いつ、どのような条件下で製造されたかを即座に追跡できる体制は、品質問題発生時の迅速な対応や、顧客からの信頼獲得に不可欠です。
3. 消費:市場の需要データや販売実績を分析し、それを生産計画にフィードバックすることができれば、作付けの最適化や食品ロスの削減が期待できます。これは、製造業における需要予測に基づいた生産計画(S&OP)や、在庫の最適化そのものです。市場のニーズと生産現場をデータで直結させることで、過剰在庫や機会損失といった経営課題の解決に繋がります。
個々の最適化から、全体の最適化へ
日本の製造業では、工場内のカイゼン活動などを通じて「生産」プロセスの効率化は世界トップレベルにあります。しかし、その強みが必ずしも市場での競争力に直結しないケースも散見されます。それは、サプライヤーから自社工場、そして顧客に至るまでの情報が分断され、バリューチェーン全体での最適化が図れていないことに一因があるのかもしれません。
ベトナムの農業DXの事例は、たとえ小規模な生産者であっても、業界団体などがプラットフォームとなることで、生産から消費までのデータを繋ぎ、全体の価値を高められる可能性を示しています。これは、特に自社単独での大規模なIT投資が難しい中小製造業にとって、重要なヒントとなるのではないでしょうか。
日本の製造業への示唆
今回の事例から、日本の製造業が実務に活かすべき要点を以下に整理します。
1. バリューチェーン全体でのDXを構想する:
工場内の効率化(点の最適化)に留まらず、調達、生産、物流、販売、顧客サービスといった一連の流れ(線の最適化)をデータで繋ぐ視点が重要です。まずは自社の製品が顧客に届くまでのプロセスを可視化し、どこに情報の分断があるかを確認することから始めるべきでしょう。
2. 協業によるデータプラットフォーム構築の検討:
自社単独でサプライチェーン全体のDXを推進するのは困難です。ベトナムの農業団体のように、業界団体や地域の企業コンソーシアムが中心となり、共通のデータ基盤やトレーサビリティシステムを構築・利用することも有効な選択肢となり得ます。
3. 顧客・市場データを生産現場に活かす仕組みづくり:
営業部門が持つ販売データや顧客からのフィードバックを、いかにして生産計画や品質改善に活かすか。部門間の壁を越えたデータ連携の仕組みを構築することが、市場の変化に迅速に対応できる、しなやかな生産体制の実現に繋がります。
4. トレーサビリティを付加価値に変える:
品質管理のためだけでなく、製品の生産履歴やこだわりの製造工程を「価値」として顧客に伝える手段として、トレーサビリティを活用する視点も有効です。製品の信頼性を高め、ブランド価値向上に貢献する可能性があります。


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