米ミシガン州において、EVバッテリー関連などグリーン製造業の大型プロジェクトが頓挫し、連邦政府からの5億4000万ドル(約840億円)規模の補助金機会が失われたと報じられました。この一件は、補助金に依存した海外投資計画の脆弱性と、現地での事業展開における「非技術的」なリスクの重要性を浮き彫りにしています。
事象の概要:ミシガン州で何が起こったか
米AP通信の報道によれば、ミシガン州で計画されていた複数の電気自動車(EV)バッテリー部品工場などのプロジェクトが、地域社会の反対や企業の計画見直しにより中止・延期となりました。これらのプロジェクトは、バイデン政権が推進するインフレ削減法(IRA)などに基づく連邦政府からの巨額の補助金を見込んでいましたが、計画の頓挫により、州として総額5億4000万ドルに上る補助金を受け取る機会を失った形です。これは、単なる一地域のニュースではなく、海外、特に政策主導で大規模な投資が動く米国市場で事業展開を考える我々日本の製造業にとっても、重要な教訓を含んでいます。
プロジェクト頓挫の背景にある複雑な要因
今回のプロジェクト頓挫の背景には、単一ではない、複数の要因が複雑に絡み合っていると考えられます。まず指摘されているのが、工場建設に対する地域住民の根強い反対です。環境への影響や、大規模工場が地域の景観や生活に与える変化への懸念が、計画への抵抗につながったと見られます。これは、日本国内で工場を新設する際にも直面する課題であり、立地選定における地域社会との対話と合意形成の重要性を改めて示しています。
加えて、より深刻なのが政治的な対立と地政学リスクです。一部のプロジェクトには中国企業との技術提携が含まれており、これが米国内の安全保障上の懸念や反中感情と結びつき、政治問題化しました。米中対立が激化する中、たとえ州政府が誘致に積極的であっても、サプライチェーンに中国企業が関わることへの風当たりは強く、事業の前提が覆されるリスクがあるのです。政府の補助金という公的資金が投入されるとなれば、その傾向はさらに強まります。
補助金に依存する事業計画の脆弱性
現在の米国では、IRAなどを通じてグリーン分野への大規模な補助金や税制優遇が提供されており、多くの企業がこれを活用した投資計画を立てています。しかし、今回のミシガン州の事例は、そうした補助金を前提とした事業計画がいかに脆弱であるかを物語っています。補助金の獲得は、事業計画、環境評価、地域社会の合意、そして政治的な承認など、数多くのハードルを越えなければなりません。一つでも躓けば、計画全体の採算性が根底から崩れる危険性をはらんでいます。
我々製造業の実務家としては、補助金はあくまで事業を加速させる「追い風」と捉えるべきであり、事業の存立基盤そのものと考えるべきではないでしょう。補助金がなくとも事業として成立する強固な収益モデルを構築した上で、追加的な投資や収益性向上のために政策を活用するという姿勢が、不確実性の高い海外市場では特に求められます。
日本の製造業への示唆
今回の事例から、我々日本の製造業が学ぶべき点は多岐にわたります。以下に要点を整理します。
1. 海外拠点設立における「非技術的リスク」の再評価
工場の立地選定において、インフラ、労働力、物流コストといった従来の評価軸に加え、地域社会の特性や政治力学、環境問題への意識といった「非技術的」なリスク要因を、より深く分析・評価する必要があります。特に、現地でのロビー活動や住民説明会など、ステークホルダーとの関係構築能力がプロジェクトの成否を分ける重要な要素となります。
2. サプライチェーンにおける地政学リスクの織り込み
米国市場向けにサプライチェーンを構築する際、特定の国(特に中国)への依存が事業継続のリスクに直結する可能性を常に念頭に置く必要があります。技術提携や部材調達のパートナー選定においては、技術やコストだけでなく、地政学的な観点からの評価が不可欠です。
3. 補助金政策への健全な距離感
政府の補助金は魅力的ですが、それに過度に依存した事業計画は危険です。政策の変更や政治情勢によって、計画が頓挫するリスクを常に考慮し、補助金がなくとも事業が継続できる「プランB」を用意しておくことが、経営の安定化に繋がります。補助金の申請プロセスや条件の複雑さを理解し、専門家を交えて慎重に検討することが求められます。
4. 地域社会との共存共栄の視点
最終的に事業を支えるのは、その土地で働く従業員であり、地域社会です。短期的な利益追求だけでなく、長期的に地域へ貢献し、信頼関係を築いていくという視点が、海外での工場運営を成功させるための礎となることを、改めて肝に銘じるべきでしょう。


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