海外求人から読み解く、生産拠点における「ブリッジ人材」の重要性

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ベトナムの印刷工場から出された「生産管理兼通訳」の求人。この一件は、多くの日系企業が海外生産拠点で直面する、コミュニケーションと人材育成の課題を象徴しています。本稿では、この事例をもとに、海外工場の安定稼働に不可欠な人材像とその役割について考察します。

生産管理と通訳の「兼務」が示すもの

先日、ベトナムにおける日系とみられる印刷工場から、日本語話者の「生産管理スタッフ兼通訳」という職務の求人が出されていました。これは海外の生産拠点における人材要件を考える上で、非常に示唆に富む事例と言えるでしょう。単なる生産管理担当者でも、単なる通訳でもなく、両方のスキルを一人に求めている点が重要です。この背景には、日本の本社や日本人駐在員が持つ「ものづくりの思想」や具体的な指示を、現地の従業員に正確かつ円滑に伝えたいという切実なニーズが読み取れます。

例えば、「5Sの徹底」や「カイゼン活動」といった概念は、言葉だけを翻訳してもその本質はなかなか伝わりません。なぜその活動が必要なのか、具体的にどのような行動が求められるのかといった背景や文脈まで理解していなければ、的確なコミュニケーションは成立しにくいものです。生産管理の実務知識を持つ通訳、あるいは通訳能力を持つ生産管理担当者は、まさに日本人管理者と現地スタッフの間の「橋渡し役(ブリッジ人材)」として、現場の運営品質を左右するキーパーソンとなり得ます。

サプライチェーンの複雑化と求められる多言語対応

この求人では、歓迎スキルとして「中国語能力」も挙げられていました。ベトナムの工場でありながら、なぜ中国語が必要とされるのでしょうか。これは、現代のサプライチェーンの広がりと複雑化を物語っています。原材料や設備、あるいは金型などを中国や台湾のサプライヤーから調達している可能性が考えられます。また、ASEAN地域に進出している顧客が中国語圏であるケースも少なくありません。このことは、海外拠点の担当者が、日本語、現地語、そして商取引上の主要言語である英語や中国語といった、複数の言語に対応する必要に迫られている現実を示しています。

ひと昔前であれば、日本人駐在員が英語で指示を出し、現地スタッフが対応するという構図が一般的でした。しかし、サプライヤーや顧客が多様化する現在では、より柔軟で多面的なコミュニケーション能力が、現場の管理者には求められているのです。

「属人化」のリスクと組織的な対応の必要性

生産管理と通訳を兼ね、さらに多言語に対応できるような優秀な人材は、間違いなく海外拠点にとって貴重な戦力です。しかし、その一方で、このようなスーパーマン的な個人に業務が依存してしまう「属人化」のリスクも考慮しなければなりません。その担当者が退職してしまえば、日本人管理者と現地スタッフとの間のコミュニケーションラインが途絶え、工場の生産性や品質管理に深刻な影響が出かねません。

このような状況は、多くの海外拠点が現地化を進める過渡期にあることを示唆しています。特定の個人に依存する体制から脱却し、組織として安定した運営を目指すためには、業務プロセスの標準化や「見える化」を推し進めることが不可欠です。同時に、将来の現地幹部候補となる人材を見出し、計画的に育成していく視点が、日本本社側にも強く求められます。

日本の製造業への示唆

今回の求人事例から、日本の製造業が海外拠点を運営する上での要点と実務的な示唆を以下に整理します。

1. コミュニケーションの「質」を重視する:
海外拠点では、単に言葉を訳す通訳ではなく、製造業の文脈や日本特有の品質文化を理解した上でコミュニケーションを仲介できる「ブリッジ人材」の確保・育成が極めて重要です。彼らが能力を最大限発揮できるような環境整備が求められます。

2. サプライチェーン全体の言語を把握する:
工場の公用語(現地語、英語など)だけでなく、主要なサプライヤーや顧客が使用する言語(本件では中国語)も考慮に入れた人員配置やスキル開発が必要です。サプライチェーン上のコミュニケーションロスは、納期遅延や品質問題に直結します。

3. 属人化からの脱却を常に意識する:
優秀な個人への依存は、短期的な成果をもたらす一方で、長期的なリスクを内包します。業務マニュアルの整備、指示系統の明確化、そして現地スタッフへの権限移譲と計画的な人材育成を並行して進め、組織としての対応力を高めていくことが、持続可能な工場運営の鍵となります。

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