ある米国人技術者の経歴から学ぶ、異業種の知見が製造業にもたらす価値

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先日公開された米国の製造業技術者の訃報に、ガラス繊維、製紙、医療機器といった多様な業界での経歴が記されていました。この一人の技術者のキャリアパスは、変化の時代にある日本の製造業にとって、人材育成や組織開発の在り方を考える上で、静かながらも重要な示唆を与えてくれます。

ある米国人技術者の多様な経歴

米国の地方紙に掲載された、ある製造業技術者の訃報が、我々に技術者のキャリアパスについて考えるきっかけを与えてくれます。その人物、Chelten W. “Skip” Smith Jr.氏は、その生涯においてオーウェンス・コーニング社(ガラス繊維)、ハマミル製紙社(製紙)、アメリカン・ステリライザー社(医療用滅菌装置)といった、全く異なる分野の企業で製造技術(Manufacturing Engineering)や製造管理(Manufacturing Management)の職務に従事したと記録されています。

ガラス繊維のような素材産業、連続したプロセスが重要な製紙業、そして極めて厳格な品質基準が求められる医療機器産業。これらは、それぞれ生産方式、品質保証の考え方、サプライチェーンの構造、さらには安全管理の基準まで大きく異なります。一人の技術者がこれほど多様な現場を渡り歩いたという事実は、専門分野を深く掘り下げることが多い日本の技術者のキャリアとは、少し異なった印象を受けるかもしれません。

異業種の経験がもたらす多角的な視点

異なる製造現場を経験することの最大の価値は、固定観念にとらわれない多角的な視点と、幅広い問題解決能力が養われる点にあると言えるでしょう。例えば、プロセス産業における統計的工程管理(SPC)の知見は、組立産業の部品品質のばらつきを管理する上で応用できるかもしれません。また、医療機器業界で培われた徹底したトレーサビリティや文書管理のノウハウは、自動車や食品など他分野の品質保証体制を強化する上で、大いに参考になるはずです。

それぞれの業界には、長年の経験から培われた独自の「当たり前」が存在します。異業種を経験した技術者は、その「当たり前」を客観的に比較し、一方の業界の常識を他方の業界の課題解決に応用するという、貴重な触媒の役割を果たすことができます。これは、自社内に長くいる人材だけでは生まれにくい、新しい発想や改善の切り口をもたらす源泉となり得ます。

日本の製造業における人材戦略への示唆

日本では従来、一社で長く勤め、社内の様々な部署を経験することでゼネラリストを育成する、というキャリアパスが主流でした。これは、組織への深い理解とロイヤリティを育むという点で大きな強みを持っていました。しかし、事業環境の変化が速まる現代においては、時に組織の思考が硬直化し、外部の新しい知見を取り入れにくくなるという課題も指摘されています。

近年、人材の流動化が進む中で、日本の製造業においても中途採用、特に異業種からの人材獲得の重要性が増しています。重要なのは、単に人材を確保するだけでなく、彼らが持つ異なる文化や知見を、組織としていかに尊重し、活かしていくかという点です。異業種出身者が持つ視点や疑問を、自社の「当たり前」を見直す良い機会と捉え、対話を促す組織風土を醸成することが、これからの工場運営や経営において不可欠となるでしょう。

日本の製造業への示唆

今回取り上げた一人の技術者の経歴は、私たちに以下の点を再認識させてくれます。

1. 技術者個人のキャリア形成: 一つの専門性を深く追求することに加え、自らの専門性を他分野でどのように活かせるか、あるいは他分野の知見をどう取り入れるか、という視点を持つことが、自身の市場価値を高める上で重要になります。業界の垣根を越えた勉強会や交流も、新たな気づきを得る貴重な機会となるでしょう。

2. 組織のマネジメント: 異業種からの中途採用者を、単なる労働力としてではなく、組織に新しい視点をもたらす「知の触媒」として位置づけることが肝要です。彼らが持つ経験やノウハウを形式知化し、社内に展開する仕組みを構築することで、組織全体の能力向上に繋がります。

3. 長期的な経営視点: 人材の多様性は、組織のレジリエンス(回復力・しなやかさ)を高め、予期せぬ問題への対応力や、新たなイノベーションを生み出す土壌となります。目先のスキルマッチングだけでなく、将来の事業変化を見据え、多様なバックグラウンドを持つ人材を計画的に獲得・育成する長期的視点が求められます。

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